緊迫の瞬間
「本当に、大丈夫なの、凛花ちゃん?」
千夏ちゃんにそう言って肩を掴んで許されたことで、私は思考の海から現実に呼び戻された。
「え?」
「え、じゃないよ!? 本当はショックで経ってられないとかじゃないの?」
今にも泣きそうな顔を近づけて、千夏ちゃんは私の顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫、大丈夫!」
私はできるだけ明るい口調でそう返した後で、千夏ちゃんの耳に「頭の中に声が聞こえてきて、そっちに意識が向いていたの」と小さめの声で囁いた。
すると、千夏ちゃんは目を丸くするなり、少し身体を離して「た、体調が悪いとかじゃないのね」と真剣な表情で尋ねてくる。
「心配してくれてありがとう」
私は笑顔で頷いてから、千夏ちゃんの後ろのこちらを見る面々にも「皆、心配してくれてると思うから、一応保健室によってから帰りますね」と伝えた。
「じゃあ、私が凛花様の荷物をお持ちしますね」
「う、うん、申し訳ないけど、お願いします」
付き添いを申し出てくれたお姉ちゃんと一緒に保健室に向かうことになった。
ありがたいことに皆が付きそうに立候補してくれたのだけど、結局お姉ちゃんが『身内だから』という理由で決まる。
大勢で行くのも問題だし、すぐに向かうということで、私の荷物は史ちゃんが預かってくれることになった。
お姉ちゃんの方の荷物はまどか先輩がまとめてくれている。
こうして、演劇部の部室で盛大に見送られた私は、お姉ちゃんと一緒に保健室に向かうことになった。
保健室のドアを開けるなり、お姉ちゃんは大声で「先生、妹が!」と言い放った。
お姉ちゃんの緊迫感の籠もった声に慌てて立ち上がったのであろう水上先生が、座っていた椅子を倒してしまうほどの勢いで立ち上がる。
「ど、どうしたの!?」
真剣な表情で、入口を振り返った水上先生に、私は謝罪の気持ちを込めて両手を合わせた。
「騒がせてしまってごめんなさい」
体温計を脇の下に差し込んで、計測の終了を待ちながら、私は水上先生に謝罪した。
対して、水上先生は「まあ、仕方が無いわね。それだけアナタのことが心配なのよ」と苦笑する。
そのタイミングで、お姉ちゃんは「気持ちが急いてしまって、本当に申し訳ないです」と頭を下げた。
水上先生は「いいのいいの。確かに少し吃驚はしたけど、ちゃんとした診断を聞くまでは不安に思うわよね。特に入院とか、ドクターストップとか、いろいろあったモノね」と優しい口調で言う。
お姉ちゃんは、とても小さな声で「はい」と同意した。
「妹さんは辛くても平気だとか言いそうだし、自分のこともちゃんと把握出来ていないポワンとしたところがあるように見えるから、お姉さんとして心配が絶えないのは想像に難くないわ」
うんうんと頷きながら言い放たれた水上先生の言葉に驚愕する私を前に、お姉ちゃんは真剣な顔で「私としては、凛花の言葉を信じたいのですが、それでも心配で……」と言う。
水上先生は「そういうものよね」と頷いてから、私に向き直った。
「時間だから、体温計を見せて頂戴」
二人のやりとりに戸惑いを感じて、少し反応が遅れてしまう。
そのまま黙り込んでしまうと、心配を掛けてしまうと考えた私は、まず「はい」と答えてから、脇から体温計を引き抜いた。
「特に、身体が重いとか、熱っぽいとか、不調はないのよね?」
「はい」
私の返事を聞いて少し考えてたから、水上先生はお姉ちゃんに視線を向けた。
「病院では経過観察を言われているようだし、定期的に通うと思うから、その時に気になるところを伝えて、必要なら検査をして貰ってください」
水上先生の言葉に、お姉ちゃんは真剣な顔で頷く。
その後、水上先生は頬に手を当てて「ただねぇ」といってからわかりやすく溜め息を吐き出した。
「どうしました?」
お姉ちゃんが表情を強張らせる。
「凛花さんは小柄で華奢なので、病弱なイメージがつきやすいのはわかるのだけど、不調はないし受け答えもしっかりしているし、体育の授業も問題なく受けられているって聞いているのよね」
水上先生の言葉に頷きつつ、お姉ちゃんは不安そうな目で時折私を見た。
お姉ちゃんに掛ける言葉を見つけられずに瞬きをしていると、水上先生が「気を悪くしないで欲しいんだけど……」と切り出す。
「……はい」
頷いたお姉ちゃんに、困ったような表情を浮かべて、水上先生は「凛花さんが保健室に来る切っ掛けは、凛花さんの意識が遠のいていてとか、反応がなくてとか、意識が遠のいているって事なんだけどね……何というか、自分の世界に入り込んでるだけなんじゃ無いかとも思うのよね……」と口にした。
水上先生の指摘に思い当たる節が次々に頭に過る。
というか、実際体調を悪いと感じたことはないし、切っ掛けは思考に没頭したり、予想外の事態に固まっていたことが多いのだ。
むしろ、原因を言い当てられたも同然である。
なんだかもの凄い罪悪感とやらかしたという痛烈な実感に、お姉ちゃんの反応を見るのが怖くて視線を向けずに居ると「つまり?」という問いの声が聞こえてきた。




