接触
まどか先輩の説明は、私にとって、かなり納得のいく内容だった。
当初こそ、話の流れで、ベスをやらせて貰えるかもしれないなんて甘いことを考えていたけど、感知着も甚だしい。
二年生の先輩もいるし、千夏ちゃんをはじめ、一年生にも、上手な子ばかりだ。
月子お母さんを中心に、演技の勉強はしてきたけども、それはあくまで、自分ではない誰かになりきる訓練でしかない。
新人戦では、台本との一致が重要視されるので、今求められる演技は、台本に忠実であることだ。
別の誰かになりきるところまではそれなりに出来ても、なりきった上で、台本に忠実にと言われると、今の私には出来無い。
そうなると、メンバーに私を選ばないというのはとても自然で合理的な判断だ。
けど、それでも納得出来ない子が居るかもしれない。
私はそう思って、まどか先輩に向かって手を挙げた。
「なんだい、姫?」
軽く首を傾げて聞いてきたまどか先輩に、私は「これからやるべき事が見えました」と返した。
「というと?」
聞き返してくれたまどか先輩に頷いてから「なりきるという点は。赤井師匠をはじめ、皆に認めて貰ってますし、私自身それなりに出来ていると思います」と少し傲慢かなと思いつつ言い切る。
その上で「ただ、まどか先輩の説明でも少し出ていましたけど、台本に沿うという部分が、私には苦手……というか、出来ていない、難しい部分なので、台本に沿えるように練習を重ねるのが、今やるべき事だと思いました」と、私の考えを口にした。
まどか先輩は私の考えに対して「さすが、姫、お手本のような答えだよ」と、苦笑気味に言う。
それから、上目遣いになって「無理していってないよね?」と私の反応を確認してきた。
まどか先輩だけじゃなくて、お姉ちゃんに、春日先輩、大下先輩と、三年生の先輩……オーディションの審査員だった先輩方が、私自身の言葉が本心なのか、探るように視線を向けてきた。
私としては不満も疑問もないので、気遣って貰う方が居心地は悪いのだけど、皆優しいから仕方ないのだと思う。
ならばと、私は切り口を変えることにした。
「お姉ちゃ……部長やまどか先輩は既にご存じだと思いますが、私には神楽舞いをお手伝いすることにもなっているので、正直、役を貰えてたらパンクしちゃうところだったと思います」
「ありがとう、姫」
まどか先輩は少し固まったた後で、申し訳なさそうに言った。
「感謝されることじゃないですよ」
私はそう返してから「それにまどか先輩がちゃんと説明して貰えたので、選ばれない理由も納得出来ましたし、課題もわかったんです。こちらこそありがとうございます」と続ける。
そこで、私は自分が台風の目になっていることに、ようやく気が付いた。
先輩方に気を遣わせた上に、皆の注目を集めてしまっている事実に、全身から一気に血の気が引く。
「姫?」
私が顔を青くしたのを見逃さなかったのであろうまどか先輩が眉を寄せながら、こちらに歩み寄ってきた。
急に血の気が引いてしまったからか、その場で立っているだけでも脚が震えてきくる。
一歩も動けなくなってしまった私は震えながら「私、この場の注目を集めてしまっているような気がするんですが……」と今更気付いた事実を確認する言葉を放った。
直後、皆の時間が止まる。
また時間が止まったのpかという考えが頭を過った直後、まどか先輩を発信源に大笑いが巻き起こった。
「姫、本気で気付いてなかったんだね?」
笑いすぎで目の端に薄ら浮かんだ涙を拭いながら、まどか先輩は尋ねて来た。
「何がですか?」
普通に返したつもりの私の声には僅かに不満が混じっている気がする。
「いつでも、姫は皆の中心だよ」
私の鼻の頭を指で突きながらまどか先輩はそう言って笑った。
「きっと一年生の子にも、二年生の子にも、四姉妹の誰にも姫選ばれなかったことに、思うところがあるんじゃ無いかと思って、わざわざ説明したくらいに、君は皆の注目を集めているんだよ、姫」
言い過ぎ、盛りすぎとは頭の中で思っても、やっぱり褒められるのは嬉しいし、正直照れる。
ただ、元の世界と違って、この世界ではより顕著に私が持ち上げられている気もしていて、そこにもこの世界の『種』の思惑が含まれているんじゃないかとも感じていた。
だからこそ、簡単に気持ちよく思ってしまったり、優越感に浸るのは危険だとも思う。
なので、まどか先輩には「注目してくれるのは嬉しいですけど、私に中心なんて……」と言って首を横に振った。
その瞬間、リーちゃんとは違う声が私の頭に響く。
『いいえ、姫はこの世界の核よ』
それは誰の物かもわからない声だった。
誰かに似ている気もするし、誰とも違う気もする。
男性にも、女性にも、大人にも、子供にも聞こえる声だった。
だからこそ、私はその声の主が、この世界の『種』なのだと、瞬時に確信する。
同時に、この世界の『種』:は、私という世界の異物を認識しているのだと理解した。
ただ、その言葉だけで『種:』からの言葉は途絶える。
私が何を訴えようと、話しかけようと、それに『種』が応じることはなかった。




