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放課後カミカクシ・レトロ  作者: 雨音静香
第七章 偶然? 必然?
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憑依型の師弟

「はいっ!」

 パァンと手を叩く音がして、私は思わず振り返った。

「じょ、ジョー……」

 そんな事をしそうな人を思い浮かべて名前を口にした私の目に、春日先輩の姿が映る。

「あっ」

 瞬間、私の意識がベスから凛花に戻った。

 戻ったのは実感できたモノの、思考が追いついてこない。

 別の人間から別の人間にスイッチするのは、思った以上に脳に負担を掛けるようだ。

 どうしたら良いかわからない……何をすれば良いのか、あるいは何もしなくても良いのか、それすらも頭が働かなくて判断が付かない。

 そんな私に、赤井師匠が「凛花ちゃん」と肩を叩きつつ声を掛けてくれた。

「し、師匠~」

 返事をしただけなのに、私の声は震えていて、聞きようによっては涙声にも聞こえる。

 そう言えば多少視界も揺らいでいた。

 流れのままでは泣き出してしまいそうだったので、グッと目を腕で拭ってから、鼻を啜る。

 そんな私の行動に赤井師匠は、優しげな眼差しを向けて「大丈夫」といいながら背中を叩いてくれた。


「スゴイね、かなり入り込んでいたと思うよぉ」

 笑顔の赤井先輩にそう言ってもらえて嬉しくはあるのだけど、肝心のベスを演じていた時の意識が曖昧なので、やり遂げたという実感がなかった。

 そのままそれを伝えると、赤井先輩は苦笑しつつ「まあ、憑依型は仕方ないよ」と言ってくれる。

「演じている瞬間は、自分ではないその登場人物になっているからね。自分の中に他人の記憶なんて残るわけないでしょ?」

 同じ演じ方をする赤井師匠の言葉は、大きな感動と共にもの凄く私の中に響いた。

 何の疑問もなく確かにその通りだと思えたのが、良かったのかもしれない。

 表面的には演じては居るけど、私の中の感覚では、別の人に変身しているのだ。

 だからこそ、他人の記憶が自分の中に残るわけが無いという言葉と、実際曖昧になっていることがピタリと当てはまって、不安が欠片も無くなったのである。

 それが表情に出たのか、赤井師匠は「もう大丈夫そうね」と微笑んだ。

 赤井師匠はその後で「じゃあ、他の人の演技を見に行きましょ」と声を掛けてくれる。

 私の復帰を待っていてくれたわけじゃないだろうけど、未だ次の人の演技は始まっていなかった。


 ベスの演技がオーディションが終わると、続けてエイミーのオーディションだ。

 演じる範囲は先ほどのシーン、エイミーがベスに声を掛けて始まる。

 さっきはエイミー役のまどか先輩が切っ掛けをくれて始められたけど、今回は自分切っ掛けに変わるのだ。

 登場人物に没入して、その人物に成り代わる事はどうにかできるようになってきたけど、自分切っ掛けでシーンを始めることには自信が無い。

 なぜなら、劇には切っ掛け、シーンの始まりがある一方で、日常生活に切っ掛けなんてそうそう無いのだ。

 だからこそ、どう始めるかは、私の中での大きな課題なのである。

 ただ、良い方法などすぐに思い付くわけもなく、赤井師匠に相談しておけば良かったと、今更後悔しながら、エイミー役にエントリーしている二年生の演技を見つつ考えることにした。


 エイミーのオーディションなので、相手役のベスは三年生が勤めることになった。

 これまで通り、お姉ちゃんか、まどか先輩だろうと思っていたら大下先輩が演じてくれるらしい。

 大下先輩は、長身で所作も格好いい印象なので、内気なベスは正反対の存在に思えた。

 それだけに大下先輩の演技が気になる。

 私がそんな事を思いながら大下先輩を見詰めていると、春日先輩から「佳奈、いける?」と声がかかった。

「いつでも大丈夫」

 ハキハキした口調で応える大下先輩は、無駄のないキレのある動きで椅子に腰を下ろす。

 ジャージ姿だというのに、着ているドレスの裾が颯爽とした動きに合わせて翻ったようなイメージが重なって見えた。


「最初は……」

 春日先輩が二年生の先輩方に視線を向けると、なんと、赤井師匠が「私が」と遠慮がちに手を挙げた。

 赤井師匠が手を挙げたことを珍しいと思ったのだろう春日先輩は「あら」と声を漏らす。

 引っ込み思案なところがある赤井師匠なら、それだけで萎縮してしまいそうな気もするのだけど、春日先輩を見詰めたまま「私にやらせてください」とはっきりと言い切った。

 春日先輩が「いいわ。雅子ちゃんから生きましょう」と頷くと、赤井師匠は私の方に視線を向ける。

 声は出ていなかったけど、その口は『見てて』と言ったように見えた。

 私の状況を把握して、納得のこと場をくれた赤井師匠なら、私の切っ掛けに対する悩みを察していてくれたのかもしれない。

 だから、これは師匠なりの切っ掛けの取り入れ方を示してくれるのだと察することが出来た。

 大下先輩から少し距離を取って、赤井師匠は台本を胸元に抱える。

 赤井師匠の動きを一つでも見逃さないように、しっかりと見据えた。

「佳奈先輩、いいですか?」

 大下先輩は赤井師匠に頷きつつ「ええ」と笑みを浮かべる。

 赤井師匠も頷いてから静か見目を閉じて「行きます」と口にしてからシズカにでもしっかりと息を吸い込んだ。

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