ベスになって
私は自分の番がやって来たタイミングで、目を閉じて意識を集中した。
エイミーとのやりとりのシーンを頭で描きつつ、自分はベスなのだと頭の中で繰り返す。
これから目にする目の前の少女は、自分の妹のエイミーだと、強く意識して目を開いた。
私が目を開いたタイミングで、まどか先輩と目が合った。
直後、私は微笑み掛けながら頷く。
それをきっかけに、エイミーは白い台本の紙束を私に見せてきた。
「ベス、この本、言葉が難しくて……読んで貰っていいかしら?」
エイミーの問いかけに私は頷きつつ「もちろんかまわないわ」と返す。
けど、エイミーは何か思うところがあったのか「やることがあるなら、今でなくてもいいわよ」と言ってきた。
何が言いたいのかわからずに首を傾げると、エイミーはそっと窓の方に視線を向ける。
窓の外には校舎が見えた。
つい先日、ローレンスさんがい江に置いてあるピアノを使ってもいいと許可してくれて、エイミーが暗に引きに行かなくてもいいのかと聞いているのだと察する。
そこで、私は返答に困ってしまった。
そうして黙り込んでしまった私を見つめながら、本を横に置いたエイミーは体を寄せつつ顔覗き込むようにして「ベス?」と声を掛けてくる。
心配そうに見るエイミーに私は先ず「大丈夫、体調が悪いわけではないわ」と首を振って見せた。
それにホッとした表情を見せてくれたエイミーだけど、私が言葉に詰まった理由は伝わっていないので、やや心配の色が抜けたに過ぎない。
変わらず私の反応を探る目線に、私は観念して素直に自分の気持ちを口にすることにした。
「あの……ね、ピアノを弾けるのは嬉しいし……素晴らしい提案をしてくださったとは思うのだけど……ね?」
なかなか踏み切れない私のまどろっこしい言い回しに、エイミーは「うん」と小さく頷いてくれる。
勇気と決断力のない私に、合わせてくれている妹に申し訳ない気持ちと感謝を抱いたことで、ようやく踏み出さなければという気持ちが強まった。
でも、ヤッパリはっきりと言えなくて「図々しくないかしら?」と、一番強く感じている思いとはちぃがう言葉を口にしてしまう。
対してエイミーは「ローレンスさんが誘ってくれているのだから、図々しい事にはならないんじゃないかしら?」と正論で返してきた。
それはわかっている。
だって、私が口にした『図々しい』はただの言い訳なのだ。
私はいよいよ追い詰められて、いま一度溜息をもらす。
「まだ、何かあるのね?」
少し呆れの混ざったエイミーの言葉に、私は先ず無言で頷いた。
そこから少し気持ちを決める時間を挟んで、エイミーを見ないままで「……怖いの」と正直な気持ちを漏らす。
一旦言葉にすると、そこからは自分で思うよりも簡単に次の言葉が飛び出した。
「お隣と言っても、はじめてお邪魔するお家ですもの……それに誰かと一緒じゃなくて、その、一人で、行くのは……なんだか、その、こ、怖くて」
ようやく口にすることができた本心を聞いたエイミーは、大きなため息を吐き出す。
その上でエイミーは「ベスの内気には困ったものね」と口にした。
エイミーの言葉を聞いた私は腹立たしさや自分に情けなさを感じるを覚えるよりも早く『一人でなければ、私も勇気が出せるかも知らない』という素晴らしいアイデアを思い付く。
直後、私は「エイミー、一緒に行って頂戴」と口にしていた。
私を内気と評したエイミーなら、きっと力を貸してくれるだろうと思ったのだけど、返ってきたのは放たれた「え?」という驚きの声と困惑の表情である。
想像と違う反応に、内心では『あれ?』とは思ったのだけど、私がピアノを弾くのに、今やエイミーは欠かせないのだ。
そう考えた私は「お願いよ、エイミー。ローレンスさんのお家に一緒に着て頂戴」と踏み込む。
これだけでは足りないと思った私は、更に「さっきの本の件、ちゃんと読んであげるって約束するわ。だから、お願い!」と、お互いに助け合おうと訴えた。
すると、エイミーは百面相を始めてしまう。
それでもきっと協力してくれると思って、ドキドキしながらエイミーの気持ちが決まるのを待った。
けど、エイミーは「ごめん」と言って首を左右に振る。
一瞬で心の中がものすごく悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。
エイミーが目の前にいなければ泣き出してしまっていたかもしれない。
「わ、私も……ローレンスさんが、こ、怖い……」
顔を青くして視線を合わせないようにして言うエイミーの姿をみた私は仕方がないかと思った。
私が怖いのだから、妹で年下のエイミーが怖くないわけはない。
さっきの溜息と、私の内気を指摘したことだって、大人ぶりたかっただけかもしれないと思うと責めるつもりにもならなかった。
心の中で、ジョーに相談することにして、私はエミリーに「それなら仕方ないわ」と伝える。
ものすごく申し訳なさそうな顔で「え!? でも、ベス……ピアノ……」と口にしたエイミーに首を振って見せてから、直前に思いついた対抗策を伝えることにした。
「ジョーについて来てくれないかお願いしてみるわ」
エイミーは申し訳なさと小さな安堵が混ざった複雑な顔で「そう」と言う。
私は苦笑しながら、妹を安心させようと「じゃあ、本を見せて頂戴」と手を差し出した。




