出発
「でも、お腹壊したりする方が良くないと思うけど……」
そう返しながら、昔はトイレを使うのにも周りの目を気にしていたと言う話を聞いたのを思い出した。
生理現象にも係わらず、学校で用を足すと揶揄われたり、最悪、イジメに繋がったりしていたらしい。
腹巻きを使うのは、二人の様子からして、揶揄いの原因になると思っているようだ。
「うーーーん。じゃ、じゃあ、カーディガン……とか?」
私がそう言ってみると、お姉ちゃんがポンと手を叩く。
「そうね、それならいいかも」
お姉ちゃんも納得してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろせた。
「あ、しまっている場所はわかる?」
「えーと、タンスの中だよね?」
咄嗟にそう返して締まったが、自分のと思われるタンスはわかってもどこにしまわれているかまではわからない。
お姉ちゃんの気遣いというか世話焼きはかなり高いレベルなので、どうにか任せて貰う方向に話を転がそうと、一生懸命頭を回転させた。
そうして、私は絞り出した答えを口にする。
「大丈夫、病院に行くまで時間があるし、見つからなかったらお母さんに聞くから!」
お姉ちゃんは私の発言に「あー、それなら大丈夫ね」と大きく頷いた。
全く信用のない事を嘆くべきかと思ったけど、よく考えたらお姉ちゃんの評価を積み立てたのはこの世界の私なので、仕方ないと受け流すことにする。
評価は積み重ねなので、昨日入り込んだばかりの私の影響などはほんのわずかも無い筈だ。
そんな言い訳染みたことを考えていると、ユミリンから声が掛かる。
「お姉ちゃんは、ちゃんと私が無事学校まで送り届けるから、リンリンは安心して先生に見て貰って来なね!」
突然の流れに、お姉ちゃんは意外にも「え」と戸惑いの声を漏らしたので、つい悪戯心がうずいてしまった。
「きっと多くの困難が待ち受けているだろうけど、私の代わりにお姉様を護ってあげてね!」
「ちょっ! え? お姉様!?」
大袈裟に驚くお姉ちゃんに、ユミリンの口元の笑みがニッと深くなる。
そのまま悪ノリ時間に突入しようと思ったのだけど、タイミング良くやってきたお母さんの「遅刻するわよ」の一撃で、寸劇は強制終了となった。
お姉ちゃんとユミリンを見送った後で、家の中に戻ったお母さんは「はい、凛花」と行って紺色のカーディガンを手渡してきた。
会話の内容を切っていたにしては準備万端過ぎるので、多分、私たちの考えを先回りしてくれていたんだと思う。
心の底から凄いなと尊敬の気持ちを抱きつつ、私は「ありがとう。お母さん」と感謝の言葉を添えてから受け取った。
セーラー服の衿よりも角度が緩い紺のカーディガンは、セーラーの上に重ね着しても、ちゃんと上までボタンが留められる。
自裁に試してみてお腹を撫でながら「ぴったりサイズだ」と口にすると、お母さんは何故か目を逸らした。
「ん?」
私が目を逸らしたことに反応すると、お母さんは「凛花にはお姉ちゃんのじゃ大きいからね」と曖昧に微笑む。
なんだか含みがあるなと思いながらお母さんをジッと見詰めていると、何故かガット力強くりょ手を肩に置かれた。
思わず目を大きく開けると、お母さんは「大丈夫。凛花は小さくて可愛いとお母さんは思うわ」と言い出す。
その様子からして、この世界の私は身体の小ささを気にしている子だったのかもしれないと察した。
けど、私は別に育たないわけでは無く、球魂を分離する能力を維持するために成長を止めているだけなので、気にしていない。
とはいえ、私が元の世界に戻った後に、この身体には元の私が戻ってくるかもしれないので、無責任に気にしてないとも言えず、曖昧に苦笑を浮かべることしか出来なかった。
お母さんと共に病院に向かったのは9時近くの事だった。
お姉ちゃん達は8時前に学校に向かっているので、一時間以上空いている。
その間、私はお母さんのお手伝いとして、お掃除をしたり、お洗濯をしたりした。
二層式だった洗濯機は、洗うための層から脱水用の層に洗濯物を移して、脱水ボタンを押さないといけなかったり、はたきを掛けて、ホウキを掛けてから掃除機を掛けるという手順を踏むのが面白くて興味深い。
一方で、食器洗いは私の知る手順と大きく変わらなかった。
ただ、といだお米を入れてスイッチを押すだけだった炊飯器が、この時代の林田家では少し様相が異なっている。
全自動は全自動なんだけど、電気式では無く、ガス式だったのだ。
洗ったお米と水を入れたお釜をセットしてスイッチを入れると、時間経過に寄ってガスの量が調整されて自動で炊き上がる。
注意点としては、ちゃんとガスが点火したかは確認しないといけないようだ。
細かい文字で使い方と一緒に、お釜表面にしっかり書かれている。
取説が商品本体に書いてあるのはなかなか面白いなと思ってしまった。
所々で驚きながらも、この時代の家事になれてきたところで、時間となる。
この後は学校に行く予定なので、今日の時間割に合わせた教材を詰め込んだ鞄を手に、私はお母さんと一緒に家を出た。




