囁きの威力
「私は良いわよ」
放課後、千夏ちゃんはあっさりと受け入れてしまった。
その上で史ちゃんが気持ちの上で抵抗を感じていると知って語り出す。
「史ちゃんは……凛花ちゃんと、同じが不相応というか、恐れ多い~みたいに思ってるかもしれないけど、姫にも順位ってあるじゃない? 第一王女、第二王女とか……あとは王位継承権第何位みたいな」
そこで一旦切った千夏ちゃんは、疑問や反論が無いか確認するように史ちゃんを見た。
対して史ちゃんは、ここまでの話に特に問題ないと言わんばかりに大きく頷いて応える。
千夏ちゃんはそれを見た上で「実際にあった話か、後の創作かはわからないけど、継承権の高い人物に、低い人物が従者や侍女として使えたって話もあるよ」と言って、ニッと笑って見せた。
話を聞き終えた史ちゃんは千夏ちゃんの言葉を噛みしめるように何度も頷く。
「納得出来た?」
「はい、もの凄くすっきりと受け入れられました」
史ちゃんは言葉通りすっきりしたのだとわかる明るい笑みを見せる。
そうして、二人が謎の握手を交わし合ったところで、加代ちゃんがまどか先輩に、姫呼びを真似ても良いのかと問い掛けた。
その問い掛けにまどか先輩は少し戯けた調子で「ん? ちゃんやさんをつけるのに、本人以外の許可は要らないと思わないかな?」と言う。
委員長も敬称の話をしていただけに、受け入れやすかったのか、加代ちゃんは頷きつつも「でも、私が言い出したのにーって思いませんか?」と少し心配げな顔で尋ねた。
まどか先輩は「はっはっは」と笑ってから「まあ、そういう気持ちが全くないとは言わないけどね。ただ、二人の時にだけする特別な呼び方を見つければ良いんじゃないかな?」と言いながらスッと私の横まで近づいてきて、流れる動きで私の首に腕を回して引き寄せる。
その所作全てが流れるようで、反応する間もなくまどか先輩に密着していて、正直驚いた。
「ちょっと、まどか! 近すぎじゃないかしら?」
お姉ちゃんが私とまどか先輩を診るなり、そう言って歩み寄ってきた。
まどか先輩は巧みに腕と身体を操って、私ぞじぶんの背に隠してお姉ちゃんから遠ざけるようにしながら「後輩とのスキンシップを図っているだけなんだが、何か問題あるかな?」と切り返す。
ビシッとまどか先輩を指さしたお姉ちゃんは「り、凛花の意思を確認しないで、一方的に密着するのは、良くない割って事よ!」と言い放った。
私に振り向いてバッチリし線が交わった瞬間に「と……お姉さんは言っているが、私に密着されるのは嫌かい、姫?」と問うてくるまどか先輩を見返しているだけで頬が熱くなる。
同時に、頭が真っ白になり始め、上手く言葉が繰り出せず「嫌ではないです」と返すのが精一杯になってしまった。
「ということで、姫は嫌ではないと仰ってくださいましたよ、お姉様」
まどか先輩の発言を聞いたお姉ちゃんはムッと表情を浮かべる。
そのまま、喧嘩になってしまうんじゃないかと思った私は、頭が回ってなかったとは言え、安易に答えてしまったことを後悔した。
けど、未だ喧嘩には発展していない。
私は二人の暴走を止める為に割って入ろうとしたのだけど、それよりも早く春日先輩が「部長、まどか、オーディションを始めるから、遊びはそこまでよ」と言ってパンと手を叩いて、一気に注目を引き寄せた。
直後、密着しているまどか先輩が私から離れる。
ほんの少し、僅かに名残惜しさを感じる私に、離れ行くまどか先輩は「というわけで、こっからは、審査員とオーディション参加者だ」と言って笑って見せた。
切り替えが上手い。
それはこれまで思ってきたことだし、まどか先輩に対して凄いと思う部分でもあった。
でも、何故か、今、この瞬間はその切り替えの速さがなんだか疎ましい。
自分が何でそんな事を思ったのかわからぬうちに、私から何かを感じ取ったまどか先輩は、ピタリと動きを止めてから、グッと上半身を倒すようにして私の耳元に口を近づけてきた。
「私もずっと愛する可愛い妹と触れていたかったけど、公私の区別はしないといけないからね。ごめんね、リン」
耳の傍で放たれたからこそやっと聞き取れるまどか先輩小さな囁きひとつで、ブワッと肌の上を猛烈が風が吹き抜けるような感覚が走ると共に、身体の奥底から熱がほとばしる。
そんな私をその場に残して、一瞬だけクスリと笑ったまどか先輩が再び離れていった。
止めどなく身体の奥から溢れる熱を抑えることも出来ず、私は足下をふらつかせながら、まどか先輩から遠ざかるように後退る。
ここで尻餅などつけば、より注目を集めておかしなことになると思い私は懸命に脚に力を込めて踏み止まった。
そんな私に「凛花姫ぇー」と明るく声がかかる。
「な、なに、茜ちゃん?」
必要以上のオーバーリアクションで振り返った私に、声を掛けてくれた茜ちゃんは少し驚いた顔をしてから「凛花姫ぇ、大丈夫ぅ?」と聞いてきた。
まどか先輩の囁きで、なんだかおかしくなことになってるなんてとても言えなかったので、作り笑いを浮かべる。
そこから先の動きは浮かんでいなかったのに、私の中で何かのスイッチでも入ったのか、気が付けば「お、オーディション本番が間近に迫ってると思ったら、き、緊張が……」と、言い訳の言葉が飛び出していた。
私自身は頭に浮かんでも居なかった言葉を口にしている自分に驚いたものの、内容におかしなところが無かったからは茜ちゃんは「凛花姫ならぁ、いつも通りでぇ大丈夫だと思うわぁ」と言ってくれる。
「そ、そうかな……そうだと、いいな」
自分でもぎこちないだろうなと思う笑みを返しつつ、私はそう言ってから目を閉じて長く、息を吐き出した。




