波乱の通学路
「姫は、どうしてむくれているんだい?」
そう言いながら私の横を歩くまどか先輩が私の頬を突いてきた。
「突かないでください、まどか先輩」
まどか先輩に押されているせいで首を傾げたまま、不満を口にする。
「おや、姫にしては珍しく不機嫌じゃないか……」
まどか先輩はスッと指を引くと、顔を私の耳元に近づけて「抱きしめてあげようか、リン?」と蕩けそうなほど甘い声で囁いた。
心のどっかで、お願いしたいという思いが湧いていたけど、通学路は学生だけじゃなく、一般の人だって往来する公の場である。
私の中の理性が行動でそれはいけないと、正気を引っ張り出した。
どうにか、頷くのを回避した私は『まどか先輩』に「二人の時に」と自分でも自覚できるほど小さな声で返す。
まどか先輩はフッと笑って「もちろん」と言って私の頭を撫でた。
「ちょっと、まどか、凛花と距離が近くないかしら?」
急に後ろからお姉ちゃんの声が飛んできた。
思わず振り向く私にやや遅れて振り返ったまどか先輩は「そうでもないよ、適切だ……姫は、嫌なら嫌ってはっきり言える子だからね。言われていないと言うことは、許されているって事だよ」と自信に満ちた表情で切り返す。
お姉ちゃんにとっては、まどか先輩の返しは想定外だったらしく、目を丸くして固まってしまった。
普段のまどか先輩だったら、この辺りで、学校に向かおうとか、遅刻しかねないと言って、話の流れを変えただろうと思う。
けど、この日のまどか先輩はそうではなかった。
「私だって姫が嫌がっていたらこんなことはしないけど、受け入れてくれるなら、是非とも堪能したい」
そう言って私の頬に自分の頬をピッタリと重ねる。
少しヒンヤリとしたまどか先輩の柔らかくて潤いのある頬の感触に、私の頬は強く反応して急激に熱量を帯びていった。
私の頬の熱が、頬を合わせているまどか先輩に伝わらないわけがなく、その事実が私の動きも思考も真っ白に塗りつぶしてしまう。
そのまま、私は硬直してしまった。
我に返った時には、既に校門が目の前に迫っているところだった。
視線の先にはなんだか怒っているように見える良枝お姉ちゃんの姿が目に入る。
お姉ちゃんは私の手を引いていて、ここまでも引っ張ってきて貰ったようだ。
「お姉ちゃん」
私が呼びかけると、お姉ちゃんはもの凄い勢いで振り返る。
その勢いに驚いてしまったが、更にビックリしたのは、その浮かべた表情だった。
もの凄く優しい顔で「どうしたの、凛花ちゃん?」と、呼び捨てでなく、ちゃん付けで、私を呼んでくる。
なんだか出所のわからない居心地の悪さを感じながらも、ちゃんとお礼は伝えようと思って口を開いた。
「あ、えっと、ここまでありがとう……」
お礼まではどうにか辿り着いたものの、どう着地したら良いかわからず、ギュッと握られたままの手の感触にひかれて「そ、その、手を引いてきてくれて……」と付け加える。
「いいのよ、凛花ちゃん」
グッと笑みを深くしたお姉ちゃんだけど、なんだかもの凄く怖く感じられてしまった。
お姉ちゃんを傷つけたくはないし、感じたモノをそのまま出さないようにと、元の世界で特訓したポーカーフェイスを意識した私の横から、まどか先輩が「不気味だったら、不気味って言って良いんだよ、姫」と囁いてくる。
私の頭の中でなんだか怖いというザックリとした感覚が、まどか先輩の発言で『不気味』と言う評価でまとめ上げられてしまった。
お姉ちゃんの笑顔に不気味さを感じてしまったと脳が認識してしまったせいで、頭の中がその事で一杯になってしまい思考が回らなくなるのを感じて焦ったのだけど、その時には既に、お姉ちゃんとまどか先輩の意識はお互いに向いていた。
「今日は、いつもと違うじゃない、まどか」
「私も、姫が嫌がってないなら、積極的にお近づきにナリタなって気持ちを新たにしただけだよ」
笑顔で言葉を交わすお姉ちゃんとまどか先輩だけど、二人の間にはバチバチと火花が飛び散っているような異様な気配が漂っている。
「あら、どこでそんな方針転換をしたのかしら?」
「もちろん。姫と語らった時だよ……とっても素敵な一時だった、ねぇ?」
お姉ちゃんの言葉を軽く受け流しなら、私に向かって『ねぇ?』と口にした後、音を発せずに『リン』と口を動かして見せた。
ただそれだけなのに、もの凄く大きく心臓が反応をしてしまう。
ドッドッドッと脈打つ心臓、私に集中するお姉ちゃんとまどか先輩の視線に、私はまたもパニックで頭が真っ白になり出した。
「はい、先輩方、凛花様がパニクっているので、取りあえ早めてくださいね!」
言いながら私の手を取って引いたのはオカルリちゃんだった。
「可愛い妹を取りあうのはわかりますけど、その可愛い妹が遅刻してしまっては嫌でしょう、凛花様のお姉様方」
続けざまに放たれたオカルリちゃんの問い掛けに、お姉ちゃんは「うっ」と言葉を詰まらせ、まどか先輩は「たしかに」と苦笑する。
「後のことは一年生の私たちにお任せください。凛花様はちゃんと教室まで護衛しますので」
私と手を繋いだまま、空いている手を胸に当てて、オカルリちゃんは綺麗な所作で頭を下げて見せた。




