ライバルと
お母さんからそろそろ朝ご飯が出来ると連絡を受けた私たちは、練習を打ち切って、布団を片付けることにした。
布団を畳みながら、お姉ちゃんが驚くほど皆良くなってると褒めてくれる。
それに合わせるように、千夏ちゃんが珍しくユミリンを褒めた。
「ユミ吉、あんた、スゴイ勢いで上達してたと思うわ」
ちゃんと褒めているのに、どこか気まずそうなのが、少しもどかしく思える千夏ちゃんの言葉に、ユミリンは「正直、良枝姉さんやリンリン、それに、チー坊のお陰だよ」とぶっきらぼうに答える。
無性にはやし立てたくなるいじらしいやりとりに、私は意識を逸らすために、布団の片付けに意識を無理矢理向けた。
そうして私が無理に聞かないようにしている間も、千夏ちゃんとユミリンの会話は続く。
「良枝先輩と凛花ちゃんはともかく、少なくとも私は何もしてないわよ」
抑揚のない声で淡々と返した千夏ちゃんに対して、ユミリンもぼそぼそと呟くように「小学校でもまともな役をしたことが無いからっていうのもあってさ、劇なんて、興味も無っかったんだ。まあ、良枝姉さんが演劇部だったから、人が演じてるのを見たことはあったけどさ」と語り出した。
思わず手を止めそうになるのを堪えて、布団に体を押し込むようにして持ち上げて、敷き布団に掛け布団を重ねていく。
その間も、ユミリンの言葉は続いていた。
「やってみて、わかったんだ。これは一人じゃ出来ない事なんだなってさ……一人だけ上手くても……逆に下手でも、さ……上手くいかないんだなってわかった。要は、チームプレイなんだ……だからさ、私が上手くなってるようにみえるなら、付き合ってくれた皆のお陰って事なんだよ」
ユミリンが言い終えて、少し、私も、千夏ちゃんも、動きを止めてしまっていたらしい。
それに気づけたのは、お姉ちゃんの手を叩く音と、添えられた「皆早く片付けないと、お母さんを待たせちゃうわ」との言葉だった。
慌てて布団を片付けた後、私たちは制服へ着替え、一階に降りた。
降りてきた私たちを、お母さんが迎えてくれる。
「皆、おはよう、朝から練習なんて偉いわね」
お母さんに笑顔で出迎えられた私たちはそれぞれ挨拶を返した。
けど、私たちの挨拶はどうもぎこちなかったようで、お母さんを首を傾げてお姉ちゃんに「良枝、何かあったの?」と尋ねる。
対して、お姉ちゃんはとぼけた様子で「そうね~」と唸って見せてから「私としては後輩の成長の姿が見れて、単純に嬉しかったのだけど……同級生としては、ライバルの急成長に思うところがあったんじゃ無いかしらね」と言って笑みを浮かべた。
そんなお姉ちゃんの言葉に、お母さんはあっさり「何だ、そういうことね」と頷くと「あ、今日のお弁当はここにあるからね。ご飯の熱が冷めたら、それぞれ蓋をして包んで頂戴」とさっさと話題を変える。
私、千夏ちゃん、ユミリンの三人は思わず顔を見合わせた後、なんだかもの凄く恥ずかしくなってしまって、照れ笑いを交わし合うことになった。
朝食を終えて、それぞれ食べ終えた食器を流しに運んで、登校するだけとなったところで、急に千夏ちゃんが「根元由美子!」とユミリンをフルネームで呼び捨てた。
名前を呼ばれたユミリンは、少し困惑した顔で千夏ちゃんを見る。
自分の方をユミリンが振り返ったタイミングで、千夏ちゃんは「私、絶対に負けないわよ!」と断言して見せた。
ユミリンは目を丸くした後で、不敵に笑む。
「今はどう考えても、そっちの方が上手いのに、わざわざ負けないとか、いう意味あるの?」
挑発するような言葉に、千夏ちゃんは「簡単に覆る程度の差なんて無いのも同然だし、根元由美子は、本気になったら絶対に手を緩めないでしょ? だから、私も同じだって宣言して、教えてあげてるのよ。油断なんか絶対してあげないわよ……ってね」と言って見下すような視線を向けた。
そんな千夏ちゃんに向けてユミリンは大きく溜め息を吐き出す。
「ったく……」
頭を掻きながらもの凄く不服そうな声を漏らしたユミリンは「そんな風に言われたら、こっちだって、負けられなくなっちゃうじゃ無いか、責任取っていつまでも私の上にいろよ、斎藤千夏」と切り返した。
なんだかもの凄く熱い二人のぶつかり合いに、私もいても立ってもいられなくなってくる。
「あの、わ、私も!」
上手く言葉が組み立てられず、手を挙げて主張するだけ担ってしまった私に、ユミリンと千夏ちゃんが、ほぼ同時に振り返った。
「凛花ちゃんは……そういうんじゃないから……」
「りんりんは、何というか……違うんだよなぁ」
二人揃って申し訳なさそうに言ってくる。
普段なら、息が合ってて微笑ましいと思ったかもしれないけど、今、この場は、私が仲間はずれにされた瞬間だった。
「なんで!? 私も皆と同じライバルだよね!?」
私の視聴に対して、ユミリンも千夏ちゃんも「う~~ん」と唸るだけで、何も返してくれない。
誰も動かない微妙な空気が漂う中、近づいてきたお姉ちゃんに、私は無言で頭を撫でられた。




