早朝の練習
「い、いたぁ~」
千夏ちゃんは言うなり、へなへなとその場でしゃがみ込んでしまった。
「だ、大丈夫、千夏ちゃん?」
髪をお姉ちゃんに整えて貰っているので、動けない私は、駆け寄れない代わりに声を掛けて無事を確認する。
対して、答えてくれたのは千夏ちゃんではなくユミリンだった。
「布団にリンリンがニイなかったから、何かあったんじゃ無いかって心配だったみたいだ」
ユミリンの言葉に、私は「ごめんね。二人ともよく寝てたから、起こしちゃいけないと思って」と事情を伝える。
すると、今度は千夏ちゃんが「大丈夫、いろいろ想像して、勝手に焦っただけだから」と困り顔で言った。
「それじゃあ、軽く練習をしましょうか!」
制服には着替えずにパジャマのまま、四人で強いたままの布団の上に座ったところで、お姉ちゃんがそう切り出した。
「一応、終わりがわかるように目覚ましをセットしておいたわ」
昨日の夜、私が設置した窓の桟には、既に鳴る時刻を改められた目覚まし時計が設置されている。
皆が目覚ましを見たのを確認して、お姉ちゃんは「配役は昨日の最後と一緒ね」とユミリンをちなツヤンに確認をした。
二人が頷くのを見た上で、今度はお姉ちゃんは私に目を向けて「私が演じていた役のウチ、ベスを凛花がやって、私はジョーに専念するわ」と言う。
「うん、わかった」
台本をめくりながら頷くと、お姉ちゃんも頷きで返した。
二度目になると、千夏ちゃんもユミリンもセリフをほぼ覚えてしまったようで、台本を閉じて、身振りを加えて演じるようになった。
千夏ちゃんはともかくユミリンの上達の早さを、素直に凄いと思う。
もちろんライバル視している千夏ちゃんという存在の影響もあるのだろうけど、それでももの凄い勢いで成長しているのは間違いなかった。
しかも、四姉妹の中では、一番相性が良さそうなジョーではなく、長姉にして落ち着いたまとめ役ののメグという少し普段の雰囲気とは違うキャラが板に付いている。
正直、演技という面では私より遙かに向いてるのかもしれないと思った。
「ベス、大丈夫、ベス?」
それが自分を呼んでいるのだと気が付いて、私はハッとした。
ユミリンの演技に呑まれてしまっていたらしい。
すぐに、声を掛けてくれたのはお姉ちゃんの演じるジョーだと状況を把握した私は、ベスとして「だ、大丈夫よ、ジョー。少しボーッとしていたみたい」と困り顔で返した。
「本当に、大丈夫なの? 体調が悪いんだったらちゃんというのよ?」
心配してくれているのが伝わってくるお姉ちゃん演じるジョーの言葉に、嬉しさと共に苦さが混じる。
その苦さは、自分の体が病弱であるが故に、心配を掛けてしまっている事への申し訳なさだと、私の冷静な部分が分析をした。
だから、心配ないと言おうと思って口を開き掛けた私の言葉を遮るようにユミリンが声を発する。
「いけないわ、ジョー」
お姉ちゃんに対して、毅然とした表情でそう言い放ったユミリンは、首を左右に振りながら「ジョーがベスを心配する気持ちはわかるけど、でも、そんなに強く迫ったら、ベスは大丈夫だからとしか言えなくなってしまうわ」と優しいけどどこか芯の通った固さのある声で諭すように言った。
ユミリン演じるメグの私的に、お姉ちゃん演じるジョーはハッとした表情を浮かべると、すぐに私に向かって頭を下げる。
「ゴメン、ベス。あなたのこと、何も考えてなかった!」
申し訳なさが伝わってくる後悔の滲んだ表情に、私は無意識に首を左右に振ってしまった。
けど、その後に許す言葉を言えば良いのか、それとも、気にしないでと言うべきか、選べない。
なのに、私の口は勝手に「ありがとう、ジョー」と感謝の言葉を口にしていた。
演じているのに演じていないような、自分なのに他人がいるような不思議な感覚に、私は真っ先に、リーちゃんが助け船を出してくれたのかと思う。
けど、すぐに『わらわはなにもしておらぬのじゃ』と否定の言葉が返ってきた。
『主様の中にある役者の魂が口を動かしたのではないかの』
リーちゃんのしました見解は、非科学極まりない。
でも、私はそうだったら良いなと思ってしまった。
「お姉ちゃん達、喧嘩をしているの?」
エミリーとして、枕を抱きしめながら千夏ちゃんが上目遣いで聞いてきた。
長袖長ズボンのパジャマ姿が、ドレスか、ネグリジェでも着ているように、抱きしめた枕がぬいぐるみに見える。
そんな錯覚を起こすエミリーの不安そうな顔を前に、気付けば私は「喧嘩ではないのよ。ジョーもメグ姉さんも、私を心配してくれていただけ」ととびっきり優しく柔らかい声で答えていた。
エミリーが、その言葉を聞いてパァッと明るい笑顔を浮かべる、
その表情の変化を見るだけで、私はもの凄くホッとした。
瞬間、頭の中にお姉ちゃんや昨日ノまどか先輩の顔が浮かぶ。
そして、目の前のエミリー……いや、それを演じている千夏ちゃんも、妹を欲しがっていた事を思い出した。
沸き起こったエミリーの頭を撫でてしまいたい衝動を抑え込んで「心配ないわ、エミリー」と告げる。
その言葉に反応して、笑みをhかめたエミリーを見詰めながら、私にも妹が可愛いとか、欲しいと思う気持ちがわかった気がした。




