湯上がりの一時
「凛花、麦茶飲む?」
お風呂を上がって居間に向かう途中で、お母さんにそう声を掛けられた私は「うん。お願いします」と返して、貰うことにした。
いろいろ考えていたからか、思ったよりも長湯してしまっていたようで、口に含んだ常温の麦茶が、スゥッと心地良く喉を潤していく。
「美味しそうに飲むわね」
お母さんにそう指摘されて、私は少し恥ずかしく思いながら「少し長湯してしまったかも」と答えた。
「のぼせなくて、良かったわ」
ホッとした顔でいうお母さんに「気をつけます」と返して、私は飲み終えたコップを流しに運ぶ。
「水だけ入れておいて、明日の朝まとめて洗うから」
流しについて洗おうかとしたところで、お母さんから指示が届いた。
「うん。わかった」
蛇口を回して細く水を出して、コップに注ぎ込んでから、流しの隅に置く。
いろんな感謝を込めて「お母さん、ありがとう」と伝えて、私は居間に向かった。
千夏ちゃん、ユミリン、お姉ちゃんの練習はかなり熱を帯びていて、居間のドアを開けた瞬間、三人の放つ熱気に飲み込まれた。
ユミリンはメグ、千夏ちゃんはエミリーを演じているようで、掛け合いの合いの手であるジョーとベスをお姉ちゃんが演じている。
お姉ちゃんと千夏ちゃんだけでなく、ユミリンも私が入ってきたのに気付いて尚、集中して役であり続けていることに一番驚いた。
同時に、私の中にも負けていられないという気持ちが沸き起こる。
そうして、決めていたのであろうシーンの終わりまで演じきったところで、三人が一斉に私に振り返った。
「リンリン、おかえりー」
「凛花ちゃん、お風呂どうだった?」
「凛花、少し長かったんじゃない?」
三者三様の言葉に、私は一瞬驚いてから順番に答えていく。
「ただいまユミリン」
最初に問いのなかったユミリンに挨拶を返した。
続けて「一人だったからかな、スゴくくつろげたー。今日はいろいろあったし、出来事とか、整理できたよ」と千夏ちゃんの問い掛けに答える。
最後にお姉ちゃんに「思ったより長湯になっちゃったけど、お母さんに麦茶入れて貰ったから、大丈夫!」と両手で握りこぶしをつくって、体に何の問題も無いことをアピールした。
私としては、練習をしたかったのだけど、思ったよりも時間が遅くなっていたのもあって、四人での練習は翌朝にお見送りとなった。
夜更かしするより、いつもより早く起きて、早朝練習しなさいと、お母さんに言われたのが大きい。
私の練習したいという気持ちは三人に伝わっていたし、三人なら、お母さんがやんわりとダメ出しをしなかったら付き合ってくれたはずだ。
お母さんのお陰で、皆をわがままに巻き込まずに済んだことに気付いた私は早速「ありがとう、お母さん」とお礼を伝える。
対してお母さんは、首を傾げながら「練習を止められて、感謝されるとは思わなかったわ」と言われてしまった。
私はお母さんとは反対に首を傾げて「いや、私のわがままで、皆を夜更かしさせるところだったから、お母さんのお陰で踏みとどまれたんだし、ありがとうは当たり前じゃない?」と返す。
すると、突然お姉ちゃんに、水切りのために頭に巻いたタオルの上からガシガシと頭を撫でられた。
「えっ? 何、お姉ちゃん!?」
急な行動に驚いて声を上げると、お姉ちゃんは「何でも無いわ」と言い放つ。
頭を揺さぶられた私としては、まったく何でも無くは無いのだけど、お姉ちゃんは「ほら、早く寝ないと、朝練に寝坊しちゃうわよ」と言い出した。
もの凄く納得はいかないものの、確かに寝坊も出来無いので、うやむやにすることを受け入れる。
「じゃあ、皆、寝よう」
私がお姉ちゃんへそれ以上噛み付かないと伝わったからか、皆、同意して部屋に向かうことになった。
「何時にセットしたら良い?」
目覚まし時計を手にした私は、布団を並べる皆に尋ねた。
私の問いに、既に布団に入り込んで横になっていたユミリンが「何時でも良いよ」と返してくる。
「え、何時でも良いって……」
私の不満を込めた言葉に対して「リンリンなら、おかしな時間には設定しないし」と、ユミリンはサラリと言い切った。
信頼の上でといわれてるんだと思うとそれ以上追求の言葉を発することは出来無くなってしまう。
「えっと、八時間くらい寝れば良いってどっかの本で読んだから、5時以降なら良いんじゃないかな?」
千夏ちゃんはそう言って私の手の中の目覚まし時計の指す時刻を確認しながら言った。
次いでお姉ちゃんが「そうね、じゃあ、5時半くらいにしましょう。役を入れ替えても、通しで四回くらいは朝ご飯までに練習できるはずよ」と具体的な時間を示してくれる。
「了解~」
目覚まし時計の背中に付いているつまみを回して時刻をセットしつつ「千夏ちゃんも、ユミリンも、五時半で良いよね?」と一応確認を取った。
「異議なし~」
「五時半だねー、了解~~」
ユミリンと千夏ちゃんの承諾を聞いて、私はカチリと目覚ましのスイッチをONに切り替える。
枕元において……と、思ったのだけど、誰かが寝ぼけて止めたらダメだなと思い直して、窓の桟に設置することにした。




