帰路と帰宅
お父さんはバックで定位置に駐車させると、ギアをニュートラルに入れて、エンジンを切ると、ギッと運転席の左脇にあるレバーを引き起こした。
オートマ車しか知らないのもあって、マニュアル車の操作はかなり複雑に見える。
それを苦もなくて慣れた様子で熟してしまうお父さんの姿は、とっても格好いいなと思ってしまった。
「凛花、どうかしたかい?」
私が黙ったまま動きを見ていたことに気付いたらしいお父さんが、不思議そうに声を掛けてくる。
少し照れくさかったけど、思ったよりもユーモラスなお父さんなら嫌がらないだろうと思って、私は思いきって「運転してるところ格好いいなと思って」と伝えた。
すると、お父さんは少し困ったような顔をして「はは、直球で褒められると照れくさいものだね」と頬を掻く。
正直、想像していなかったタイプの反応に、私まで頬が火照ってしまった。
お父さんと並んで帰り道を歩く私は、手を繋ぐ飼って言われて、断わったことを少し後悔していた。
駐車場から家まではそれほど距離があるわけじゃ無いけど、正直、基の世界よりも夜道が暗い。
リーちゃんの補足で、雨戸を閉める家が多かったり、街灯の数や明るさが基の世界より弱かったり、コンビニや自動販売機も少ないなど、理由は理解できたのだけど、不安を感じるかどうかは別の話だ。
まず灯りが少なくて道が見通せないのも不安の種だし、心なしか潜んでいる生き物の気配も多い気がする。
そんな目の前の状況に、足がすくんで、私はその場で立ち止まってしまった。
「凛花」
優しく声を掛けた後で、お父さんは少し間を置いてから大きな手で軽く私の肩に触れた。
急に触れられたら、驚いていただろうけど、声を掛けておいてくれたお陰で、むしろホッとする。
「お父さん」
私の声の調子に笑みを深めたお父さんは、何も言わずゆっくりとした足取りで、先に歩き始めた。
急に歩き出したお父さんに、置いて行かれないように、私も慌てて歩き出す。
ただ、私のスピードを把握しているのだろうお父さんは、明らかに合わせてくれているという歩調で歩いてくれているので、必死に歩く必要は無かった。
手は繋がないという小さなプライドを尊重してくれて、不安を感じている私を先導してくれて、しかもそれを言葉にしない大人の余裕に、歓心と感謝で胸いっぱいになる。
大きな大塔さんの背中を見上げながら、自分も見習って、同じように振る舞えるようになろうと心に決めた。
「お帰りなさい! 凛花ちゃん!」
「お帰り、リンリン」
「凛花、お帰り」
居間に辿り着くと、千夏ちゃん、ユミリン、お姉ちゃんが出迎えてくれた。
三人はお姉ちゃんの指導の下、オーディションの練習をしていたらしい。
「あ、凛花、お風呂行ってきなさい」
お父さんにビールを出しながら、お母さんがそう言って来たので、私たちは皆に視線を向けた。
すると、視線に気付いた千夏ちゃんが、すぐに「私たちはもう入ってきたよ~」と教えてくれる。
「じゃあ、先に入って良い、お父さん?」
視線を向けながらそう尋ねると、お父さんは「僕は先にこっちを楽しむから、先に入ってくれると助かるよ」とお母さんから受け取ったグラスを手に答えた。
じわじわと全身に熱が染み渡っていくのを感じながら、両手足を伸ばして居ると、自然と「あ~~~っ」と声が漏れ出てきた。
今日一日でいろいろあったなと、お湯に身を委ねながら一日を振り返る。
志津さんとの出会いに、神様らしき存在に勧化して貰ったこと、オカルリちゃんがお嬢様だったり、まどか先輩の知らなかった一面、気になることだらけだった。
『ねぇ、リーちゃん?』
目を閉じて一日の出来事を整理しつつ、頭の中で相棒に話しかける。
『何じゃ、主様?』
『……神様って、居ると思う?』
リーちゃんが、私の思考を読めることもあって、かなり間を省略した質問だったけど、期待通りちゃんと答えを返してくれた。
『定義にもよるが……この世界にはおらぬじゃろうなぁ』
元の世界ならば、観測できないまでも、超常的存在が居ないということは無いと思う。
けど、ここは『種』の世界なのだ。
私のようなイレギュラーを除けば、全ての現象は、そこに意思があるかどうかは別として、全て『種』に繋がっている。
つまり、神社で見た現象を引き起こしたのは『種』あるいは『種』の力を引き出せるなにものかと言うことになるのだ。
これまでに『種』の候補として、私はユミリンを上げていたのだけど、今日の神社の一件にはほぼ係わっていない。
「なんだか、余計わからなくなったかも……」
そう呟いて顔を追い湯に浸けた。
口から漏れ出た溜め息が、口の横から無数の泡となってぶくぶくと音を立てる。
しばらくそうして泡の弾ける音を聞いた私は、顔を上げて、両手で滴る水を払った。
そのまま顔を覆って、様相の縁に首を当てて深く深呼吸をする。
手を離して天井の電球の明かりを見上げながら、私は「まだ、判断するには情報が足りないかなぁ」と呟いた。
『そうじゃなぁ』
リーちゃんの胴囲を聞いた私は、勢いを付けて立ち上がる。
ザバザバと体を伝い浴槽に戻っていくお湯の奏でる音を聞きながら「とりあえず、オーディション頑張ろう」と気持ちを新たにした。




