態度を
研究畑の両親、神出鬼没の自由奔放さから、自分の中に偏見があったことを、私は痛感した。
なぜなら、オカルリちゃんの家はもの凄いお屋敷だったのである。
敷地を囲む塀は、ただブロック塀を積んだモノではなく、下段は石垣、中段は綺麗に整えられた平らで白一色の壁、更にその上、上段には瓦で作られた小さな屋根が乗っていた。
オカルリちゃんの案内でお父さんが車を向かわせた正面玄関には、いかにも歴史を感じる大きな木製の門扉が鎮座している。
お父さんにお礼を言って車を降りたオカルリちゃんに続いて、私も車を降りと「ここで良いですよ、凛花様」と言われてしまった。
その言葉を受けて、むしろ、私の方が『様』付けで呼ばなければいけないんじゃないかと思う。
私の思考は顔に出ていたのか、オカルリちゃんにはすかさず「自宅の大きさで、その人の尊さは変わりませんよ」と言い切られてしまった。
「本当はこのまま、我が家にご招待したいところですが、居残りの人達もいますし、何よりお父様を付き合わせるの早くないですから、またの機会に致しますね」
少し前まで、オカルリちゃんに敬語を使われることに違和感があったはずなのに、こうして彼女の住んでいるお屋敷を前にすると、むしろ自然に思えてくる。
ビックリするほど、状況でコロコロイメージが変わる自分がなんだか情けなくなってきた。
そんな私の手を急にオカルリちゃんが握る。
思わずハッとしてオカルリちゃんを見れば、彼女は少し険しい顔をして「私の家を知ると、急に余所余所しくなったり、逆に馴れ馴れしくなったり……変わってしまう人が多いんです……」と言い出した。
私は続く言葉をなんとなく察して「大丈夫!」と断言する。
急に大きめの声を出したからか、オカルリちゃんを少し驚かせてしまったようで、目を丸くされてしまった。
「驚かせてごめんね。でも、安心して、オカルリちゃんはオカルリちゃん。オカルリちゃんのお家と友達になったんじゃないから、今まで通りで居られると思う」
私自身、決して自己分析が得意だったりすることもなければ、第三者視点で自分を俯瞰できたりはしない。
けど、私にはリーちゃんという信頼する相棒がいるのだ。
だからこそ、私は確信を持って断言できる。
まあ、リーちゃんからは、呆れた口調で『主様』と言われてしまったけど、今はオカルリちゃんの不安を打ち消すことは大事だと、受け流すことにした。
私の発言からしばらくの間、沈黙の時が続くことになった。
オカルリちゃんは黙り込んでしまったし、私としても反応待ちだったので仕方が無い。
そんなどちらも動かない均衡を破ったのは、ギィという気が軋む音だった。
私はその音に思わず視線を向けると、オカルリちゃんの家の大きな門扉ではなく、その横に設置された小さめの通用口と思われる扉が開かれている。
その通用口の隙間から、白髪に割烹着を着たお婆さんがこちらの様子を覗う様に顔を出した。
「ルリお嬢様」
そう呼びかけられたオカルリちゃんは、ハッとした顔をしてから、通用口に振りかる。
「お帰りでしたか……こちらのお嬢様は……ご学友の凛花様ですか?」
柔らかな口調と表情で問われた私は、思わず背筋を伸ばして「はい、林田凛花と申します。おか……ルリさんとは同じクラスで、同じ部活に所属してまして、今日は父とご自宅まで遅らせていただきました」と、口早に返してしまっていた。
「それは、わざわざありがとうございました。主人に代わりましてお礼申し上げます」
丁寧にお辞儀を返されて、私も「いえいえ」と言いながらお辞儀を仕返す。
そのまま、オカルリちゃんにストップを掛けられるまで、お辞儀をし合うことになった。
「凛花様、態度変えないって言っていませんでしたっけ?」
少し怒ったような態度のオカルリちゃんに指摘された私は「えっ!? お家の人には丁寧に接すると思うんだけど?」と正当性を主張した。
「本当ですかぁ?」
疑っていますというのがはっきりと感じ取れる様子で返してきたオカルリちゃんに、私は「でも、態度変わったのはオカルリちゃんの方じゃない? 私を急に『様』付けにしたじゃない」と指摘してみる。
対して、オカルリちゃんは「それは……」といって言葉を詰まらせた。
正直、ガバガバな理論で切り返している自覚はあるものの、問題視している行動を、自分自身がしているんじゃないかという指摘は意外に衝撃が大きい。
それこそ、相手の主張を論理だって思考できる冷静さは保てないものだ。
身に覚えがあるからこそ、私には絶大な自信がある。
そんなわけで、オカルリちゃんの勢いを止めた今、私は話を優位に終わらせるために畳み掛けた。
「何度も言うけど、私は態度を変えたりしないよ!」
宣言した私に、オカルリちゃんはジト目で「根拠は?」と切り返してきた。
ここで私は怯むことなく「リーちゃんという相棒がいるから!」と言い切る。
てっきり、その宣言に驚愕した上で納得するかなと想像していたオカルリちゃんは「あ、なるほど」ともの凄くあっさり納得してしまい、私は肩透かしを食らった気分になった。




