通信
私の居る世界と、リンリン様達の……元の世界の時間の進みに違いがあるという事実は、予想もしていなかったことだった。
『主様の間隔では数時間が経過しているようじゃが、こちらでは数分も経過しておらぬのじゃ』
分と時間、単純に同じ数字だったとしても60倍は違うということになる。
『その通りじゃ』
リンリン様の肯定に、それが事実だとしたら、何故、リンリン様は私とやりとりが出来ているのかという単純な疑問が浮かんできた。
『オリジンと連携することで、無理矢理思考や反応を超高速化しておるのじゃ』
ヴァイアであるリンリン様と、世界最高峰のスーパーコンピュータであるオリジンの連携……それも無理をすることで、こちらの時間に同調してくれているということらしい。
私がリンリン様の受け答えからそう理解すると、すぐに『その通りなのじゃ』と肯定の言葉が返ってきた。
『それじゃあ、手短に済ませないといけないね』
私がそう頭に思い浮かべると、リンリン様は『うむ』と同意してくれる。
『まずは、主様の情報を元に、昭和64年……1989年の生徒のデータを集めたのかがな……」
時間が無いのにも拘わらず、そこで話を濁したことに違和感を覚えて、思わず『どうしたの?』と聞いてしまった。
『うむ』
リンリン様はそこで一拍開けてから『データをどう伝えれば良いかと思っての』と言う。
そう言われて、私は確かに、口頭で、名簿は大変だなと思ったのだけど、リンリン様の懸念はもっと根本的な点にあった。
『主様の方で、確認して貰わねばならないのじゃが……そもそも、表計算ソフトどころか、パソコンの類いが今ほど普及しておらぬ』
『へ?』
リンリン様から齎された予想外の内容に、頭が上手く回らなくなってしまう。
そんな私に、リンリン様は『もちろん、主様が暮らしている家には、パソコンの類いがあったやも知れぬので、データを送り込むことが出来るかもしれないのじゃ』と可能性を示してくれた。
どうにかそこから、やるべき事を引っ張り出せた私は『なるほど、データを受け取れる機械の類いがあるかを調べればいいのね』と確認してみる。
『端末さえあれば、データを送ることは出来ると思うのじゃ』
リンリン様に『わかった』と伝えて、この後渡しのすべきことを心の中にメモした。
現状では、リンリン様から直接データを受け取ることが出来なかった代わりに、私は今日……正確には昨日交流のあったクラスメイトを思い浮かべながら、名前や身長、体格と言った情報を伝えたところ『主様の上げた生徒達は、恐らく実在していた……と思われるのじゃ』という答えを貰った。
リンリン様の話によると、この昭和64年頃はコンピュータそのものの普及率が低かったこともあって、多くのデータがデジタルデータ化されていないらしい。
それでも、オリジンと協力して、県や市などの教育委員会などに提出されていた紙の資料をスキャニングしたデータなどから情報を集めてくれたようだ。
口頭頼りの情報のやりとりを可能な範囲で進めたところで、リンリン様から『主様、そろそろ、こちらが限界のようじゃ』と声が掛かった。
冒頭でも無理をしていると聞いていたので、私はわかった、また時間をおいてお願いと伝える。
すると、リンリン様は『本来は最初に言わねばならなかったの\じゃが……』と言い難そうに切り出した。
『どうしたの?』
私がそう尋ねると、リンリン様は『現時点で、主様をこちらに呼び戻すための策がまとまっておらぬのじゃ』とどこか申し訳なさそうに言う。
『いや、時間の流れが違うんだから仕方ないよ』
確か、こっちの方が数百倍早く時間が流れていると聞いたし、元の世界では数分しか経っていないのだから仕方の無いことだ。
『そうはいうてもじゃ。主様の記憶を書き換えようとするなど、看過できんのじゃ』
私に何らかの悪影響が出ることを嫌ってくれているのだろうリンリン様は、強めの口調でそう言ってくれる。
それだけで嬉しく思ってしまったのだけど、ちゃんと心配を掛けないようにしないといけないなと考えて『球魂を切り離せば、影響は受けないから』と伝えた。
『違和感は察知できるし……あと、使われたのは状況の矛盾を解消するような情報の書き換えだから、害は無いんじゃ無いかな』
私の考えを伝えると、リンリン様は『甘いのじゃ! 最初は探りの意味で、軽い影響だっただけかも知れぬのじゃ!』と怒らせてしまう。
当然、リンリン様を怒らせたかったわけじゃ無かったので『ちゃんと気をつけるから、そんなに心配をしないで! 私だって、そんなに間抜けじゃ無い……はず』とフォローしつつ大丈夫だと訴えた。
それなのに、リンリン様からは大きな溜め息が返ってくる。
もの凄く不本意ではあるものの、諦め混じりといった口ぶりでリンリン様に『ここは主様を信じる以外ないからの……くれぐれも、くれぐれも、気をつけて欲しいのじゃ』と言われてしまった私は、大人しく『わかりました』と応えることしか出来なかった。




