神楽舞台
神楽舞台の建物の中は、少し埃っぽかった。
ただ、それよりも年数を刻んだ木材が醸し出す独特の香りの方が強いように感じる。
加えて、楠の大木のお陰で全体的に気温が低く感じられる境内の中でも、この神楽舞台の建物の空気は、よりヒンヤリとして感じられた。
「なんだか、空気が違いますね」
私の感想に、志津さんは「換気を怠っていたみたいだかねぇ」と言って、委員長に視線を向ける。
すると、委員長は私に抱き付きながら「凛花ちゃんは、神楽舞台の建物から感じる歴史の重みに対して、空気が違うって言ってくれてるんです」と少し挑発するような調子で、志津さんに言い放った。
対して志津さんは、委員長ではなく、私に視線を向けて『そうなの、凛花ちゃん?」と聞いてくる。
ここでウソを言っても仕方が無いので「そうですね……確かに埃っぽいかなとは思いましたけど、それよりも、境内よりもヒンヤリするなーと思ったというか……」と返した。
すると、志津さんは「あら、あらあら、凛花ちゃんは温度の違いを言ってたみたいだけどぉ?」と委員長に顔を近づけつつ挑発し始める。
思わず表情を見てしまった委員長は、苦虫をかみつぶしたような顔で沈黙していた。
ここで、茜ちゃんが「こらぁ! 志津ちゃんも、ミーちゃんも、いいかげんにしなさい~凛花ちゃんが困るでしょぉ!」と割って入ってくれる。
一方、委員長と志津さんはハッと表情を見せて茜ちゃんに振り返った。
と、同時に「「ごめん、あーちゃん」」と声を揃えて、委員長と志津さんは謝罪する。
けど、茜ちゃんは腰に手を当てて「謝る相手が違うでしょぉ~!」と一括した。
普段おっとりとしている茜ちゃんは叱っている時もおっとりは変わらないものの、ギャップが大きくなるせいか、その迫力がまるで違う。
ビクッと身体を震わせた委員長と志津さんは、またも声を揃えて「「凛花ちゃん、ゴメンなさい!」」と声を揃えて頭を下げた。
どうやら三人の関係性は普段のイメージと違うらしい。
暴走気味の委員長と志津さんに、ダメ出しをする茜ちゃんというレアな役割分担に、噴き出すのを画面して「気にしないでください。怒ってませんから」と伝えた。
神楽舞台の建物には、舞台と脇にやや大きめの部屋があった。
壁際にきで作られた棚が置かれ、様々な道具が修められている。
紙が貼られ、それが何かを示しているようだけど、毛筆と思しき達筆で書かれているので一瞬では判別できなかった。
紙も、光沢のある白い紙だけでなく、わら半紙、それも経年劣化で黄色くあるいは茶色く変色したものなど多種多様で、それだけでも重ねてきた歴史を感じと津事が出来る。
部屋の隅の方には、かつてここで興行していた旅一座のものであろう公演ポスターがチラリと見えた。
「なかなかいろんな者があるでしょう?」
キョロキョロしていた私に、委員長が笑みを浮かべながら声を掛けてくる。
「歴史資料館に足を踏み入れた気分だよ」
頷きながらそう答えると、志津さんが「いつの時代のモノかもわからないがガラクタばかりだけど、凛花ちゃんは面白いモノに興味があるのねぇ~」と呆れか、感心か、判別のつかない呟きを口にした。
「凛花ちゃんは、どっかの不良大学生と違うんだから、古いものにも理解があるの」
委員長が澄まし顔で良い、大して志津さんが切り返そうと口を開く。
……前に、茜ちゃんが「みーちゃーん~~?」と迫力のある笑顔で声を掛けた。
「「あ、あーちゃん、私はただ事実を言っただけよ、べ、別に言い争う気は無かったわ!」
即座に言い訳を口にした委員長を、茜ちゃんはひとにらみしてから、志津さんに視線を向ける。
「はっはっはっはっは! あーちゃん、私は大人だよ。早々挑発に乗らないよ」
完全に引きつった顔で言う志津さんをしばらく見詰めた茜ちゃんは、大きく溜め息を吐き出した。
「凛花ちゃんがいるのを忘れてぇ、二人の世界に入らないようにねぇ」
茜ちゃんがそう言って釘を刺すと、委員長と志津さんはほぼ同時に、高速で何度も頷く。
その姿に哀れさを感じてしまった私は「久しぶりに会ったみたいだし、つい……」と口にしたところで、目の前にグッと茜ちゃんの顔が迫ってきた。
にっこりと笑ってから、茜ちゃんが「凛花ちゃんもぉ、甘やかさないでねぇ」ともの凄く背筋が寒くなる声で言い放つ。
私も、他二人同様に、コクコクと高速で頷くことになった。
様々な品が置かれた入口そばのスペースを抜けると、そこはとても広い板の間が広がっていた。
舞台を護る金属製の板が張り付けられていた雨戸は全て取り外されていて、境内が一望できる。
その中でも、神楽舞台の正面に鎮座する本殿に、自然と視線が向かった。
神楽舞台の板張りの床と、本殿の床がほぼ同じ高さで、お社の中心に置かれたご神体だと思われる鏡がキラキラと輝いているのが見える。
神様もこちらを見てくれているんだろうかと思うと、なんだか招き入れて貰った気がして、スゴく嬉しく思えた。




