先代
お父さん達と別れ、私は委員長と茜ちゃんと共に、神社の本殿の横に併設されている神楽舞台の前に来ていた。
実は既に氏子総会は始まっているのだけど、冒頭は総会に参加する氏子さんへの経緯の説明やお父さん達から承諾を得たり、今後の話を決めたりと事務的な部分が多ので、中身はともかく外見的には中学生の私は、それらが一段落するまでは自由時間となったのである。
一瞬、茜ちゃんのお寺を見せて貰おうとも思ったのだけど、流石に氏子総会中に神社からお寺に行くのはどうかと思ったので、それならばと、神楽舞台を見せて貰うことにしたのだ。
神楽舞台の前に来た委員長は建物に触れながら「昔は、旅芸人の一座が、ここで興行をうったりしていたみたいよ」と説明してくれた。
「旅芸人?」
私が聞き返すと、委員長ではなく、茜ちゃんが「えーとぉ、最後の一座の公演だとぉ、時代劇みたいなのをやったみたいだよぉ」と顎に指を当てながら教えてくれる。
「確か、清水次郎長だったかしら」
委員長が記憶を辿って具体的な演目を上げてくれた。
次郎長と言えば、江戸末期から明治の人で、静岡県の清水を縄張りにしていた実在の人物だったと思う。
庶民人気があったらしいので、旅芸人の一座が演目にするのは、頷ける話だ。
残念ながら、ここしばらくは旅芸人も来ていないらしい。
実際、委員長も茜ちゃんも大人から話を聞いただけで、自分の目では見ていないそうだ。
「旅芸人さん、見てみたかったな」
私がそう呟いた直後、建物の影から「あら」と聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。
急に聞こえてきた声に思わず顔を見合わせた私たちは、ほぼ同時に声のした方へ視線を向ける。
そこには白い上衣に朱色の袴という巫女装束に身を包んだ綺麗なお姉さんが立っていた。
「この神社の、巫女さん?」
私が首を傾げた直後、委員長が「志津さん!」と声を弾ませて、巫女装束の女性に声を掛ける。
「ミーちゃん、こんにちは」
落ち着いた所作でゆったりと頷きで応えた巫女姿の女性は、視線を茜ちゃんに向けて「あーちゃんもこんにちわ」と微笑みかけた。
茜ちゃんが「志津さん、こんにちはぁ」と頭を下げる。
巫女姿の志津さんは、茜ちゃんをみて笑みを深めてから、こちらに視線を移した。
「アナタが噂の、凛花ちゃんね」
少し声が緊張で強張ってしまったけど、どうにか「は、はい」と答える。
志津さんはゆったりとした所作で自らに胸元に手を置いて「鈴木志津って言います。アナタの先代になるのかな?」と柔らかな口調で自己紹介をしてくれた。
私も慌てて「は、林田凛花です。中学一年生です」と返す。
志津さんは「あら、言い忘れてたわ」と言って小さく舌を出して見せた。
何を言い忘れたんだろうっていう疑問と、唐突に見せられた可愛らしい仕草で、思考が止まる。
そんな私の姿がおかしかったのか、クスリと笑ってから志津さんは「大学一年生です」と教えてくれた。
「こっちこっち」
「い、いいんですか?」
志津さんに手招きされて、私たちは神楽舞台の裏側に来ていた。
「もちろん。だって、神楽舞台の管理は鈴木家の担当だもの。私が良いと言ってるんだから、良いのよ」
志津さんはそう言って、巫女装束の袖から取り出した金属製の鍵を取り出す。
「なんか、スゴイ鍵ですね」
思わず口にしてしまった私に、志津さんはクスクス笑いながら「これを使う錠もスゴいわよ」と言った。
自然と高まるワクワクに押されて「どんな錠ですか?」と聞くと、志津さんは「ほらこれ」と神楽舞台の入口に掛けられた大きな金属製の塊を指さす。
「時代劇で出てくるようなスゴイ鍵でしょ? 大した物はないのに、大袈裟よね」
全体はホームベースの様な五角形をしていて、尖っている部分に鍵穴があった。
「これ、和錠ですよね?」
目にするのも初めてな和錠を前に、テンションが上がった私は、かなり興奮気味に尋ねたのだけど、志津さんには「え? 知らない」と首を振られてしまう。
「へ?」
思わず目が点になった私に、志津さんは「この鍵のことでしょ? ごめんね、私、そんなに詳しくないのよ。あ、でも、神楽の方はちゃんと教えられるから……」と徐々に徐々に言葉の勢いもボリュームも下がっていった。
そのまま一瞬黙ってしまった志津さんは、大声を張り上げて「ヘルプ、ヘルプ、ミーちゃん!」と叫ぶ。
けど、助けを求められたらすぐに手を差し出してくれる委員長なのに、志津さんに対しては笑みを浮かべながら「どうしようかなぁ」と返した。
それだけで、委員長にとって志津さんがドレド得特別なのかわかった気がする。
と同時に、私の反応が志津さんを追い詰めてしまっていたことに気が付いた。
「ご、ゴメンなさい。志津さん! か、鍵のことまで詳しい必要は無いですもんね! 勝手に盛り上がってすみません!!」
これ以上、追い詰めたくなくて口にした言葉だったのに、委員長が「ちゃーんと、勉強してたら、可愛い後輩に、教えてあげられたのに~」と煽る。
あまりにもレアな意地悪な委員長に追い詰められて、志津さんは「ぐぬぬぬ」と悔しそうに唸り声を上げた。




