就寝
私とお姉ちゃんの部屋に戻ると、床一杯に布団が二組敷かれていた。
「リンリンはいつも通りベッドね」
「私とユミちゃんは床で寝るから」
既に配置は決まっているらしく、一方的にそう宣言されてしまう。
ただ、まあ、それに異論があるわけではないので「うん。わかった」と頷いた。
ちゃんと承諾したにも拘わらず、ユミリンが「え! なんで!?」と言い出す。
「は? なにが?」
訳もわからずそう切り返すと、ユミリンは「ここは、自分も遺書に床で寝るとか、ジャンケンで床の日と決めようとか、粘るところでしょう?」と言い出した。
ユミリンの主張に軽い頭痛を覚えた私は、大きな溜め息を吐き出す。
その後で「私がベッドなのは、明日病院に行くことも考えてゆっくり寝られるようにでしょ? 床の方がベッドより寒いって言うのもあるかもしれないけど」と予測した寝場所決定の理由を口に出した。
どうやら正解だったようで、ユミリンは「ま、まあね」と同様の僅かに滲んだ受け答えをする。
そんなユミリンの態度はスルーして「私を気遣ってくれた配置なのに、反対したり反抗したりする分けないじゃ無い」と両手を上にしてお手上げのポーズをして見せた。
「その通りだけど、生意気!」
「はぁ!?」
理不尽な理屈を口にして飛びかかってきたユミリンに、その勢いのままベッドに押し倒されてしまう。
「ちょっだめっやめっ!!」
そのまま上からのしかかられた状態で、脇腹でユミリンの指が信じられないスピードで蠢いた。
「ほんと、加減とか知らないんですか?」
きちんと毛布と掛け布団を掛けて横になった私は、ベッドの横で正座をしているユミリンを見ずに、とげとげしく言い放った。
「申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉を口にするユミリンに「これで、明日病院に行って検査結果が悪かったら、ユミリンのせいだからね」と言い渡す。
「ど、どうすれば許してくれるの?」
申し訳なさそうに着てくるユミリンだったけど、お腹がよじれて、呼吸がこんなになるほどくすぐられた私としては、なあなあで許すつもりは無かった。
「謝ったからと言って許されるとは限らないことを学んでください」
それだけ言って私は目を瞑る。
「リンリン~~」
ユミリンの情けない声が聞こえてきたけど、ここは敢えて無視を決めたのだけど、ここで一つの事を思い出した。
私は本来、この世界の住人じゃ無くて、異邦人だという事である。
本物というか、私ではなく、ヴァイアのリンリン様が言っていたけど、ここは過去の世界では無く、神世界の一種のようだ。
この世界の『種』が消失すれば、この世界も瓦解する。
なので、元々この世界にいたであろう私に配慮する必要は無いのかもしれないのだけど、可能性としては低くても『種』を討伐必要が無く、神世界が継続する場合、私と入れ替わりにこの世界の私が戻ってくる可能性があった。
私の気持ちで、ユミリンと絶縁してしまうのは、その子が戻ってきた場合、許されないことじゃないかと思い至る。
私はわかりやすく大きな溜め息を吐き出してから「今回だけですからね。あと、私はもう寝るので、おやすみなさい」と口早に言い放って、ユミリンに背を向けるように寝返りを打った。
背中越しに、ユミリンの「ありがとう、リンリン~」という情けない声に、生がナイなという気持ちになってしまったけど、ここで甘やかしては駄目だと思ってスルーを決める。
ややあって、私からもうアクションが無いと判断したのか、ユミリンがベッドから離れお姉ちゃんと話し出したのが聞こえてきた。
そのまま眠ってしまったのか、気付くと部屋はセピアに近い色に染まっていて、二人分の寝息が聞こえていた。
部屋がセピア色なのは、ナツメ球の灯りに照らされているかららしい。
私は電気は全部消す方だけど、お姉ちゃん……元の世界のお婆ちゃんはいつもナツメ球を付けて寝る人だったので、この時代からの習慣のようだ。
ベッドで布団にくるまったまま視線を巡らせると、お姉ちゃんの安倉元に四角い時計が置かれているのが見える。
長針と短針の先に、それから1~12の数字に、蓄光塗料が使われているのもあって、少し距離があっても『午前三時過ぎ』というのが読み取れた。
私が目を覚ましたのは、トイレに行きたくなったわけでも、肩が布団から出て冷えてしまったからとかでは無い。
リンリン様の声が聞こえてきたのだ。
状況を確認して、おかしなところが無いのを確かめた私は目を閉じて、心の中でリンリン様に呼びかける。
すると、すぐにリンリン様から反応が返ってきた。
『主様。手短にこれまでに判明したことを伝えますゆえ、質問はまとめて最後に返して欲しいのじゃ』
なんだか急いでいるというよりは、焦ったようなリンリン様の言い回しに、私は『わかった』と返す。
直後、リンリン様は『では、伝えていきますが、まず、こちらと主様の今居る世界では、時間の流れが異なっているようじゃ』と言い放った。
理解が追いつかず、思わず『え?』と戸惑ってしまう。
対してリンリン様は『こちらの世界の数百倍の速さで、主様の居る世界の時間は進んでおるようじゃ』と言い直した。




