乗車と出発
「良枝先輩、まどか先輩、みんなも、行ってきますね」
皆にそう告げた委員長はそのまま助手席に座って、流れるようにシートベルトを締めた。
それを見て、私も一応シートベルトを締めようとしたのだけど、委員長のお父さんに「そんなに荒い運転はしないから、しなくても大丈夫だよ」と笑われてしまう。
「そ、そういうつもりじゃないです」
気を悪くしたのでは無いかと思って、そう返すと、委員長のお父さんは軽く笑ってから「申し訳ない。冗談のつもりだったんだ、許して欲しい」と謝られてしまった。
「あ、いえ……」
「美保子から真面目な子だと聞いていたのに、本当に申し訳ない。お父様、お母様も、娘さんを揶揄ってしまってすみません」
私が上手く返せなかったから、委員長のお父さんは再度謝罪してくれた上に、お父さんお母さんにまで頭を下げる。
もたもたしていたのは私なので、余計な謝罪をさせてしまった。
そう思った時には、お母さんが「いえ、気にしないでください。この子は少し心配性なところがあるだけですから」と言って私の頭を撫でた後で、自分もカチャリとシートベルトを付ける。
一方、お父さんは「私は美保子さんのお父さんの腕前を信じていますから」と言って、シートに深く座り直した。
対して、委員長のお父さんは「これは少し緊張しますな」と笑う。
ここで委員長が「余計な一言を言う父さんが悪いわ、凛花ちゃん、本当にごめんなさいね」と女子席から顔を出して謝った。
「ぜ、全然。その、私がシートベルトしたのが悪かった……」
「悪いわけないでしょ? シートベルトって、付けるだけでかなり安全になるんだから、むしろ自主的に付ける凛花ちゃんは偉いに決まっているわ」
私の言葉を遮って、院長ははっきりとそう断言してくれる。
リーちゃん情報では、この時代のシートベルトの着用義務は、まだ高速道路だけらしく、それも運転席と助手席だけらしいので、私の方がかなり異端のようだ。
「そもそも父さんが安全運転してたって、他の車がぶつかってくることもあるのに、余計な一言を言って、凛花ちゃんや凛花ちゃんの家族に気を遣わせたのわかってるかしら?」
委員長が珍しく怒気を纏って、自分のお父さんに迫る。
怒りで熱を放つタイプが多いけど、委員長は凍てつかせるような空気を纏っているところが、スゴくらしいなと思った。
「そ、そうだな。オレが悪かった、皆さんも本当に申し訳ない」
動揺しながらも改めて謝ってくれた自分のお父さんに対して、委員長は「母さんに報告するから」と言う。
「み、美保子、すまなかった、それは許してくれると……だな?」
もの凄く顔を青くしてしまった院長のお父さんが気の毒だったけど、当の委員長は態度を変えずに「許しを請う相手が違うんじゃないかしら?」と言い放った。
ビクンと、後ろから見ててもわかるぐらい身体を震わせた委員長のお父さんがこちらに振り返る。
その恐怖の滲んだ顔を見てしまった私は、咄嗟に「あ、あの、確認せずにシートベルトを付けた私が悪いんで、気にしないでくださると……ね、委員長。お父さん、謝ってくれてるし、もう許してあげて」と口走っていた。
対して、委員長は「凛花ちゃんが言うなら仕方ないわね」とあっさりと矛を収める。
その上で「凛花ちゃんに感謝してよ、父さん」と釘を刺した。
「あ、ありがとう、美保子!」
委員長のお父さんは委員長に感謝してからこっちに振り返って「凛花ちゃんもありがとう。オレはそのすぐ調子に乗って余計なことを言うから気にしないでくれると助かるよ。ご両親も、申し訳なかったです」と、私たちに謝る。
代表してお父さんが「気にしないでください、初対面で感覚がわからないのはお互い様ですから、それでも場を和ませようとしてくださってありがとうございます」と応えた。
委員長のお父さんの車は高級車と言うことに加えて、とても丁寧に運転された。
「今日は本当に丁寧な運転ね」
「大事なお客様の送迎だからな」
運転席と助手席で交わされる親子の会話は、なんだか微笑ましい。
話を聞いている範疇だと、院長のお父さんは明るい性格で、冗談もよく言う気さくな人のようだ。
むしろ意外だったのは、委員長の方で、普段の真面目で硬いイメージとは違う、父と娘ならではの砕けたやりとりがなんだか可愛い。
そんな事を考えていたら不意に委員長から「凛花ちゃんのドレス、よく似合ってるわね」と声が掛かった。
「小学校の卒業式に着たんだけど、また出番があって良かったよ」
私がそう答えると、委員長はクスリと笑って「あー、なるほど、それで、記念撮影してたのね?」と言う。
「え?」
反射で聞き返した私に「皆のことだから、凛花ちゃんが卒業式に着たドレスって聞いて、小学校が違ったことを悔やんだんじゃないかしら……それで、卒業式は無理だ気取って、代わりに記念撮影を撮ることになった……じゃない?」と推理を披露した。
完全に言い当ててるので「さすが、委員長」と感想が口から零れ出る。
委員長は「正解だったみたいね」と言って、またクスリと笑った。




