湯上がり
私の後ろに座るお母さんを見ると、タオルに固形の石けんをこすりつけていた。
ポンプ式の容器もほとんど置かれていなかったのは、ボディソープが未だ一般的じゃ無いのかもしれないと気付く。
そこで先ほどのシャンプーの入った容器を探してみると、商品名のところにリンス・イン・シャンプーと書かれていて、先ほど、シャンプーだけで終わった理由を察することが出来た。
「どうしたの、凛花?」
私がキョロキョロとしていたからか、不思議そうな顔でお母さんが声を掛けてくる。
そのまま素直に答えると、おかしな誤解を生みそうだったので「えっと、自分であろうかと思って」とタオルを受け取るために手を差し出してみた。
けど、お母さんは「二人っきりなんだから、甘えなさい」と言って、指しだした手からタオルで洗い始める。
優しい手つきで丁寧に洗ってくれるお母さんの手を止めるのは忍びなく、結局は言葉通り任せてしまうことになった。
「流すわよ」
「う、うん」
私が返事をすると、右肩から石けんの泡を流すようにゆっくりとお湯が掛けられた。
石けんだからか、それほど泡だっているわけでないので、一回でほとんどの泡が流れていく。
お風呂マットに弾かれて排水口に向かう泡を洗い流したお湯を眺めていると、お母さんから「はい。立って」と声が掛かった。
言われるまま立ち上がると、今度は左肩から徐々に腕や腰にお湯が掛けられていって、全身の泡が洗い流されていく。
「はい。それじゃあ、お湯に浸かりなさい」
そう言って肩に手を置いたお母さんは、私の身体を90度回転させて、浴槽に向かせた。
「お、お母さん、私が洗おうか?」
至れり尽くせりすぎて申し訳ないと思った私は、そう尋ねたのだけど、お母さんは「今日は調子が悪かったんでしょう? 凛花ははやく暖まって寝ちゃいなさい」と首を左右に振る。
「今度元気なときに洗って貰うから、約束」
そう言いながら私の右手の小指に、自分の右手の小指を絡めて、お母さんは一方的に指切りをしてしまった。
私的には初めてだけど、お母さんの視点で見れば、普段から浸かってるお風呂なので、自分の髪の毛を洗う準備を始めていた。
少しそこまで距離のある深めな浴槽を前に、バランスを崩さないように気をつけて跨ぐ。
浴槽の縁に触れずに入ろうかとも思ったのだけど、結局跨がってしまった方が安全だなと思って、一端縁に跨がってから、浴槽の外で身体を支える左足から、右足に重心を移した。
ハードルのジャンプの要領で、左足を持ち上げてかかとが太ももに付くほど折り曲げつつ、浴槽の縁を越える。
ようやく浴槽の底で両足を揃えた私はそのまま、深い浴槽の中に身体を鎮めた。
そのタイミングで、髪を洗い終えたお母さんが、泡を流そうとしていたので、私は急いで「私がお湯掛けるよ!」と声を掛ける。
お母さんは「そうネ、それじゃあ、お願いしようかしら」と、私の提案を受け入れてくれた。
「うん。任せて」
少しでも、なにかを返したかったのもあって、私の声は思った以上に弾んでいる。
それでも、お母さんが熱い思いをしないで済むように、自分がして貰ったことを真似て、桶に掬ったお湯に手を入れて温度を確かめてから「それじゃあ、掛けるねー」と伝えた。
「お願い」
お母さんの返事を待って、余り勢いが付かないように気をつけながら、桶のお湯を浴槽から立ち上がってお母さんの頭に掛けていく。
シャワーが無いって大変だなと思いながら、お母さんの髪に付いたシャンプーの泡を洗い流した。
「じゃあ、先に出るね」
多分私とお母さんなら二人で浴槽には入れただろうけど、身体が火照って熱っぽくなってきたので、身体を洗い終えたお母さんと交代で上がることにした。
お母さんは「お腹を冷やさないように気をつけてね」と声を掛けてくれる。
「うん」
私はそう答えると、頭に巻いていたタオルを解いて、一度お湯でゆすいでから身体の湿気を取るように拭いた。
その後で浴室から出て、脱衣所で用意されていたふわふわの大きめのバスタオルで身体を拭いていく。
私の脱いだ服の上に置かれたお母さんの用意してくれた下着を身につけてから、脱いだのと逆の順番で服を着た。
「凛花、おかえりー」
「りんりん、おかえりー」
居間に戻ると、お姉ちゃんとユミリンが出迎えてくれた。
私が「ただいまー」と返したところで、お父さんが「三人とも夜更かしはほどほどにな」と声を掛けてくる。
お姉ちゃんがお父さんの言葉に「そうだね」と頷いてから私を見た。
「凛花、明日は一応、病院に行くし、早めに寝ておこうか」
私が「うん」と頷くと、お姉ちゃんとリンリンが同時に立ち上がって「お父さんお休み」「@おじさんおやすみなさい」とそれぞれお父さんに挨拶をする。
少しで遅れたものの、私も「お父さん、おやすみなさい。また明日」と頭を下げた。
お父さんはにこやかに笑いながら「うん、お休み」と返してくれる。
「お母さんに、先に寝るって伝えておいて」
そう口にしたお姉ちゃんの横から、お風呂から出てきたお母さんが「大丈夫、もう上がったわ」と言って微笑んだ。
「あ、お母さん。はやかったね」
私の発言に、お母さんは「別に慌ててないから安心してね」と言って笑う。
「うん、そこは心配してない」
私の返しに軽く笑いあった後で、改めて、お父さんとお母さんと、お休みの挨拶を交わした私たちは二階へと向った。




