許可
「あ、千夏ちゃん」
一段落ついたところで、お母さんが千夏ちゃんに向かって手招きをして、隣の部屋に誘った。
対して、千夏ちゃんはその場に留まったままで「お父さんの話ですか?」と問い掛ける。
お母さんは少し躊躇うような素振りを見せてから「ええ」と頷いた。
千夏ちゃんはお母さんの返事を聞いた上で、少し考えてから「ここで……話して貰っても良いですか?」と尋ねる。
対してお母さんは少し表情を曇らせて「いいの?」と聞き返した。
詳細までは当然わからないけど、そのやりとりだけで、決して楽しい内容であることがわかる。
お母さんが千夏ちゃんに尋ねたことからも、皆に聞かせたくないんじゃないかと、判断したんだと思った。
けど、千夏ちゃんはしっかりとした意思を感じさせる真剣な表情で「皆、私のことを心配して集まってくれた人達なので、私の現状をしっかり聞いて欲しいです」と言い切る。
それだけで、込められた思いの強さは感じ取ることが出来るし、実際、皆の表情も一層引き締まったように見えた。
「まず、千夏ちゃんのお父様と連絡は取れました」
お母さんの報告に千夏ちゃん、それに聞いている皆も頷いた。
正直、連絡が取れていない可能性もあったので、不安だったけど、第一段階は越えられたらしい。
とはいえ、連絡がついた以上は、話をしているはずなので、その内容自体に何か不穏なモノがあるのだろうと察せられてしまった。
千夏ちゃんは気持ちを落ち着かせるためか、深く息を吐き出してから「任せる……だけでしたよね?」と青い顔でお母さんに問い掛ける。
お母さんは小さく溜め息を吐き出してから「予測していた……のね」と返した。
気まずさと共に、凍てつくような重い空気が空気が広がっていく。
そんな中、熱……いや灼熱を纏ってユミリンが吠えた。
「なんだよ、それ。千夏が大変な時に……っ」
握った拳が震えるほど、力を込めたせいで、ユミリンの手は赤と白のまだらになってしまっている。
握りしめられて痛々しくなったユミリンの拳を包むように、私は思わず「ユミリン」と名前を呼びながら手を伸ばした。
私の手が触れたことで、ようやく自分が力を込めていたことに気付いたのか、ユミリンは「あっ」と声を漏らすと、込められていた力を抜く。
呟くようなとても小さな声でユミリンが「リンリン……ごめん、ありがとう」と口にした。
冷静さを取り戻しTレくれたんだとホッとしながら、触れていた手を離したところで、ユミリンの前に千夏ちゃんが立つ。
自然と視線を向けるユミリンと、しかめっ面で見上げる千夏ちゃんの視線が交わった。
千夏ちゃんは溜め息と共に「なんで、アンタが激怒してんのよ」と視線を外しながら言い放つ。
ユミリンは普段のように、すぐに言い返さずジッと黙ったまま動きを見せなかった。
ややあってから何かを言おうと口を開き始めたユミリンを制するように、千夏ちゃんが「でも、ありがとう……怒ってくれて」と言う。
千夏ちゃんの言葉が予想外だったのか、ユミリンは目を大きく見開いてからもの凄く気まずそうな顔で「部外者なのに、なんか、わるいな」と視線を逸らした。
対して、千夏ちゃんは少しの間、次々と喜怒哀楽で表情を変化させた後で、もの凄く言い難そうに「同じ学年で同じ部活なんだから部外者じゃないでしょ!」と言い放つ。
その後で顔、耳、全身と徐々に肌の色を赤く変えながら千夏ちゃんは「な、なにより、と……ともだち……だし」と続けた。
またも目を丸くしたユミリンはそのまま動きを止める。
一方、千夏ちゃんは恥ずかしそうに身体をプルプルと震わせていた。
当然ながらというべきか、そこからしばらく経ったところで、堪えきれなくなった千夏ちゃんが「な、なんとか、言いなさいよ!」と恥ずかしさ紛れに、ユミリンを怒鳴りつける。
ユミリンの方は、そこまでされて尚、いつもの調子を取り戻せておらず「お、おう」とだけ答えた。
相手がいつもの調子でもなく、恥ずかしさだけが激増してしまったのであろう千夏ちゃんは無言でユミリンの二の腕をポコポコと殴り始める。
対して気まずそうにするだけのユミリンという普段では絶対に目にすることはないであろう二人のやりとりに、私は口元がニヤつくのを堪えながら見守るしか出来無かった。
「ともかく、お父様の許可は得たから、当面はウチで預かることにしたのだけど、学校ヘの連絡はどうしようかしら?」
お母さんはそう言ってから「わかる、良枝? みーちゃん?」とお姉ちゃんと委員長を順番に見た。
お姉ちゃんは「部活動関連の手続きならわかるけど……」と口にしてから委員長に視線を向ける。
委員長は、二人から視線を向けられても、動じた素振りを見せずに「引っ越しの時はもちろんですが、家の建て直しや自宅が火事にあった場合とか、住んでる場所が変わる時は学校に報告が必要だったと思います」と返した。
その上で、チラリと千夏ちゃんを見て「ただ、今回はその限りではないので、担任との相談が必要かも知れません」と言い加える。
「じゃあ、あやちゃん先生に話をしなきゃか」
話を聞いたユミリンはそう口にしたが、委員長はこれに首を振って「いえ、綾川先生にも知らせた方が良いけど、まずは、千夏ちゃんのクラスの担任の先生よ」と返し、千夏ちゃんが違うクラスだったことを皆に思い出させた。




