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放課後カミカクシ・レトロ  作者: 雨音静香
第六章 日常? 非日常?
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模倣

「人間の感情の基本は、喜怒哀楽、なので、これを実際にやってみる……正確には、この四つを大袈裟に演じてみるのが、最初の課題ね」

「わかりました」

 私が頷くとはじめ師匠もそれに応えて頷いた。

 その後で、すぐに「じゃあ、まずは怒ってみましょう」とはじめ師匠は言う。

「え、えっと……こんな感じですか?」

 いきなりで少しやりにくかったものの、この手の振りから演技は、緋馬織でもやって来たことなので、思ったよりも自然と振る舞うことが出来た。

 けど、はじめ師匠は「うーん、良いけど、ダメね」と言う。

 まったく意味がわからなかったので「良いけど、ダメですか?」と、言われたままを繰り返した。

 すると、はじめ師匠は「確かに怒っているのがわかる演技だったけど、今は舞台用の技を磨くわけだからね……誇張しないとダメってこと」と言う。

 そう言われて、前提が抜け落ちていたことに気付いた。

「まあ、演技という面では、完璧に近いと思うわ。目の前で切り替えたのに、何が気に入らなかったんだろうって、不安になったからね、私」

 自分を指さしながら、はじめ師匠はそう言って笑う。

 そのすぐ後に、困り顔になって、はじめ師匠は「ただ、それだけスムーズだと、大袈裟に誇張するのは逆に難しいかもね」と眉の根に皺を作った。


 はじめ師匠が考え込んでしまったので、敢えて「あ、あの、大袈裟な演技を見せて貰っても良いですか?」と提案してみた。

 すると、はじめ師匠はポンと手を叩いて「あー、凛花ちゃんなら、確かに見て真似て習得とか出来そうだものね」と大きく頷く。

「いや、さすがに、そんなに簡単には……」

 無理だと言い加える前に、はじめ師匠に「やってみるから、見てて頂戴」と言われてしまった。

 自分で希望したことでもあるので、私は見逃さないように気持ちを切り替えつつ「はい」と答える。

『案外、勉強になるのよ、漫画」

 はじめ師匠はそう言って、グンと右手を振り上げた。

 同時に眉を吊り上げて、睨み付けるような表情を見せる。

 まったくその場から動いていないし、姿勢も腕を振り上げたくらいしか変わっていないにも拘わらず。まるで身体が大きくなったかのような錯覚を覆えた。

 思わず身構えてしまった私に、パッと表情を笑みに変えたはじめ師匠は「どうだった?」と聞いてくる。

 あまりの切り替えの速さに、何よりも怒った演技の威圧感に、私はただただ素直に「圧倒されました」と答えるので精一杯だった。


 右手を振り上げて、睨み付ける……端的に言えば、はじめ師匠がしたのは()()()()だ。

 セリフもない。

 つまりは声の類い、大声や怒鳴るなど一切していないのだ。

 それなのに、曲がりなりにも、これまで『種』と命掛けの戦いをしてきた私が、つい身構えてしまうような威圧を感じたのである。

 正直、言葉じゃとても言い表せないような凄まじさを感じてしまった。


「凛花ちゃん、おーーい」

 気が付くと目の前で、はじめ師匠の手が振られていた。

「あ、す、すみません」

 慌てて謝罪すると、はじめ師匠は「反応がなくなっちゃったから、どうしたのかと思ったよ」と苦笑する。

 どうやら考え事をしている間、私が反応をしなかったせいで、はじめ師匠に心配を掛けてしまったようだ。

「え、えーと、考え込んじゃうとそのー」

 私が説明しようとすると、はじめ師匠は「あー、なんか、知ってる、集中すると自分の世界に入り込んじゃうんでしょ? 良枝部長が言ってたわ」と明るい表情で先に言われてしまう。

 ただ、内容が内容だけに、頷きずらかった。

「ま、まあ、そう……です」

 どうにか絞り出した返事だけど、はじめ師匠にはどうでも良かったようで「じゃあ、気を取り直して、やってみて!」と目をキラキラと輝かせる。

 期待の籠もった無邪気な好奇心に満ちた目で見てくるはじめ師匠に対して、私は「やってみます」以外の答えを持ち合わせてはいなかった。


「それじゃあ、やってみます」

「頑張ってね!」

 はじめ師匠の応援に頷いてから、意識を集中するために私は目を閉じた。

 頭の中で、はじめ師匠の怒りの動作を繰り返して、イメージをより鮮明にする。

 深く息を吐き出して、一度呼吸を止め、身体の内側から気持ちが盛り上がってくるのを待った。

 カットからだが熱くなる感触とともに『今だ!』という確信が胸に広がる。

 目を見開いて、はじめ師匠を対象に、怒りに満ちた拳を振り上げた。

 頭の中で『許せない』と言う言葉を暗示を埋め込むように何度も繰り返し、眉に力を込めて、顎を引いて睨み付ける。

 はじめ師匠を真似て言葉は発せず、ただただ、気持ちを、感情をぶつけるイメージで、振り上げた小日士に、皺を刻む眉根に力を込めた。

 ややあって、パンとはじめ師匠が手を叩く。

 綺麗に響いた音で、私は我に返った。

 瞬きをする私に、はじめ師匠は「いやー、まーこの技術を習得できそうなだけ有るね」と苦笑する。

「どうでしょうか?」

「うん、模倣は完璧だったんじゃないかな!」

 はじめ師匠はそう言って大きく頷いてくれた。

 その上で「ただ」と続ける。

「ただ?」

 私が続きを促すように聞くと、はじめ師匠は「まあ、あくまで真似だから……凛花ちゃんらしさは足りないかも?」と困り顔を見せた。

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