確認
追い詰められた私は「そ、それじゃあ、お母さんと入る」と、結論を出した。
事の発端は夕食の途中、林田家ではこの時から恒例だったらしい『今日の出来事』の報告会で、私が二回も保健室送りになったことが報告されて締まったのである。
当然、お母さんも、お父さんももの凄く心配してくれて、すぐに病院に行くかという話になったんだけど、実際のところ、体調が悪かったわけではないので、疲れてただけだからで押し切った。
まあ、明日、念のため近所のクリニックで診察して貰うことにはなったのだけど、お風呂をどうするかという話をお姉ちゃんが切り出したのである。
ちなみに、今日は家族の帰宅が遅いらしいユミリンは、今晩はウチに泊まることになった。
という流れで、まずユミリンに一緒にお風呂に入ろうと誘われたのだけど、ここでお姉ちゃんが私が入浴中に何かあるかも知れないから、大事を取って姉で在る自分がといいだしたのである。
保健室にお世話になってしまった事実を盾に、一人で入浴はダメと言われてしまった私は、どちらかと入らなければならないと言うことになってしまったのだけど、この世界の私と違って、ここにいる私はこの場の全員がほぼ初対面なのだ。
これまでがどうだったのかもわかっていない上、考えすぎだとはわかっていても、お姉ちゃんか、ユミリンか、変に選んでしまうと、禍根を残すんじゃ無いかとも思えて選べない。
そんな状況でお母さんが「お母さんでもいいのよ」と助け船を出してくれた。
私は一番角が立たないと判断して、早速お母さんの提案に飛びついたのである。
そうして、出した結論が『お母さんと入る』だった。
夕食の片付けを済ませたところで、お姉ちゃんとユミリンが一緒にお風呂に入ることになって、居間には私とお父さん、それにお母さんの三人だけになった。
ややあって、新聞を読んでいたお父さんが、丁寧にたたみ始めたので、思い切って声を掛けてみる。
「お父さん、私も新聞見て良い?」
「ん? もちろん良いよ」
そう言ってお父さんは新聞を私に差し出した。
「ありがとう」
お礼を言って受け取ると、私は最初に紙面の枠の上へ視線を向ける。
すると、そこにはしっかりと『昭和64年』と書かれていた。
ユミリンから話を聞いてからだいぶ時間は経ってしまったけど、どうやらこの世界では、1/8以降も昭和64年を継続しているらしい。
一面には総理の秘書が亡くなったという記事が書かれているものの、流石に記憶の中に詳細な平成史があるわけでは無いので、それが私の知る歴史通りかどうかはわからなかった。
それでも、可能な限り情報を摂取しようと記事のタイトルを端からチェックしていく。
お父さんにその姿がどう映ったのかはわからないけど、笑いながら「そんなに食い入るように新聞を読むなんてな」と口にした。
その言葉で、普段と違うことをしてしまっていると気付いた私の背中を冷たいものが走る。
おかしくない言い訳をしなければと思い懸命に頭を回転させて「お、お爺ちゃん先生……社会の先生が新聞を読んでおくと、世の中を知る助けにもなるし、勉強にもなるって言ってて」と辻褄の合う内容の説明を絞り出した。
お父さんは「そうか、そうか」と嬉しそうに頷く。
十分五p任せているとは思うけど「こ、国語の勉強にもなるって言うし」と言い加えると、大きな手が私の頭に乗せられた。
「凛花は偉いんだな」
頭を撫でられると、やらかし出冷えたはずの身体が、頬を起点に広がった熱で温まっていく。
言い訳でしか無かったはずのに、お父さんに褒められたことが、自分の想像以上に嬉しかったらしくて、口元が勝手にニヨニヨとしてしまった。
そんな私を見てクスリと笑ったお母さんは「凛花は、良枝やユミちゃんと一緒に、帰ってきてすぐに宿題を済ませたんですよ」と、今日の出来事には無かった報告をお父さんにする。
「そうか、偉いな、凛花は」
一層嬉しそうに言って、頭を撫でる手にこもる力がほんの少し増えたところで「わ、私だけじゃ無くて、ユミリンやお姉ちゃんもだよ」と訴えた。
お父さんは「もちろん、後で褒めておくが、今は凛華しかいないからね、凛花を目一杯褒めておこうと思って」と撫でる手を止めず微笑む。
私はそうされるのがもの凄く嬉しいので、もうこれ以上は余計なことを言わず素直に頭を撫でられていると、お姉ちゃんとユミリンが帰ってきた。
「お先にーって、凛花。お父さんとなかよしね」
帰ってきて早々お姉ちゃんにそう言われて恥ずかしくなってしまった。
けど、お父さんはお酒が入っているのもあってか、私を軽く抱き寄せると「羨ましいようだね。良枝君」と言い出す。
お姉ちゃんは目を細めて「そうね」と頷いた。
「私も、凛花をなで回したいわー」
私と入れ替わりたいのかと思ったら、お父さんとだったことに驚いた私は「えっ! お父さんが羨ましいの!?」と声を荒げてしまう。
そこでユミちゃんが「リンリンは撫でたくなる空気を纏っているから仕方ない」と言い出した。
「そんなの纏ってないよ!?」
私の切り返しは、他の面々の「わかる」「纏っているな」「ユミちゃんに一票」というお姉ちゃん、お父さん、お母さんの言葉の前に即座に否定されてしまった。




