夕食
お父さんがお風呂から出るのを待って、私たちは食卓を囲むことになった。
大きなテーブルを挟んで、お父さんとお母さんが並んで座り、お姉ちゃんと私がその対面に座るのがいつもの配置のようで、今日は、私とお姉ちゃんの間にユミリンが座っている。
居間は畳敷きで、テーブルを囲んで皆座っているけど、お父さんは専用の座椅子があった。
お母さんは座布団だけ使っていて、お姉ちゃんとユミリンも座布団を使っている。
私には、座ると目線の高さが皆と同じになる専用の少し厚みのあるクッションが用意されていた。
少し引っかかるものがあるけど、この世界の私は受け入れていたようだし、身体の位置が高くなれば食事もしやすくなるので、大人しく受け入れる事に決める。
まあ、そんな事よりも気になることがあって、そっちに気持ちが向いていたので受け流せたという面もあった。
お父さんが帰ってくる前にできあがった料理が並べられたテーブルには、レースのような生地で出来た四角い囲いが乗せられている。
何のための囲いなのかがわからなくて、もの凄く興味を惹かれていたのだけど、お姉ちゃんが「もう虫除け取って良いよね」と言ってそのカバーに手を伸ばした。
お母さんは「そうね」と答えて、台所から持ってきたお鍋から、お玉でお椀に何かをよそい始める。
「凛花」
「あ、はい」
お母さんに名前を呼ばれて返事をすると、お母さんが手にしていたお椀をこちらに差し出してきた。
湯気の立つお椀は少し赤みの強い液体と細かく切った豆腐、ネギ、油揚げが覗いている。
私がお椀を受け取ると、お母さんは次のお椀に手を掛けた。
そのお母さんの手元には、渡されたのよりも小さなサイズのお椀があって、そこから林田家のいつもを思いだした私は、手の中のお椀をお父さんの前に「はい、お父さん」と言ってから置く。
「凛花、ありがとう」
嬉しそうにお父さんにお礼を言われて、なんだか私も嬉しくなってしまった。
お父さんのとなりに座っているお母さんが直接手渡した方が、効率的だとは思うけど、効率じゃ無いんだなと改めて思う。
「凛花、これはユミちゃんのね」
次なるお椀をお母さんから受け取った私は、ユミリンの前にそれを置いた。
「はい、ユミリン」
「ありがとう、リンリン。リンリンが運んでくれたお陰で、おばさんのお味噌汁がより一層美味しくなる気がするよ!」
真面目な顔でそう言い切ったユミリンに「大袈裟だよ」と苦笑する。
とはいえ、ほんの少しだけど、そう言ってもらえて嬉しいなと思ってしまった。
「はい、良枝」
お母さんが新たによそったお椀をお姉ちゃんに差し出した。
けど、お姉ちゃんは受け取らずに「私も凛花に届けてほしい」とか言い出す。
何でそんな事を言い出すのかと言おうと思ったのだけど、先にお母さんに「凛花、ごめんね。お願い」と言われてしまった。
「お姉ちゃん、わがままは良くないよ」
私はそう言って立ち上がると、ユミリンとお姉ちゃんの後ろを通って、お母さんからお椀を受け取る。
手にしたお椀を「はい」と言って、お姉ちゃんの前に置いた。
すると、お姉ちゃんからは「凛花ありがとう。凄く嬉しい」と満面の笑みを向けられてしまう。
思わず頬が火照るようなお姉ちゃんの微笑みに、リアクションに困った私は、お母さんに「私の分もちょうだい」と声を掛けた。
お母さんはそんな私の行動を読んでいたように、軽く笑いながら「はい」とお椀を渡してくれる。
「ありがとう、お母さん」
自分のお椀を受け取った私は、再びお姉ちゃんとユミリンの後ろを通って自分のクッションのある席に戻った。
お母さんは自分の分のお味噌汁をよそった後で、今度はお茶碗にご飯をよそい始めた。
もちろん最初はお父さんで、今度はお姉ちゃんが指名を受ける。
お姉ちゃんは立ち上がって、ユミリン、私、自分とお茶碗を配った後で、席に戻った。
お母さんはご飯をよそい終わると立ち上がって、台所に向かう。
それを見送ってお父さんは自分の前の下向きに置かれていたコップをひっくり返した。
お姉ちゃんは自分とお母さんのコップをひっくり返して、ユミリンと私は自分の分だけをひっくり返す。
それが終わったところで、お盆にビール瓶と茶色い、多分麦茶が入っているのだろう容器を乗せて帰ってきた。
「はい、お父さん」
お父さんの横に座ったお母さんは、お盆に乗っていたビール瓶を手渡す。
いつの間にか手にしていた栓抜きで、ビール瓶の栓を開けたお父さんは、そのまま自分の目の前のコップに黄色く泡立つ飲物を注ぎ込んだ。
一方、お姉ちゃんはお盆から液体の入った容器を手に取ると「ユミちゃん、凛花」と私たちの名前を呼ぶ。
「お願いしまーす」
慣れた感じでユミちゃんが自分の前のコップをお姉ちゃんに差し出すと、それを受け取ったお姉ちゃんもまた手慣れた手つきで容器の中身を注ぎ始めた。
それを注ぎ終えたところで、お姉ちゃんは「はい」と言ってユミリンにコップを返すと、流れるように私の方へ手を向ける。
「お姉ちゃん、お願いします」
ユミリンに習ってコップを手渡しながら頭を下げた。
笑顔を浮かべたお姉ちゃんは私にコップを返すと、そのまま自分のコップにも注ぎだした。
テーブルの向こうでは、お父さんがお母さんのコップのビールを注いでいる。
全員のコップに飲物が注がれたところで、お父さんが「それじゃあ、夕飯にしよう」と皆に声を掛けた。
お姉ちゃんが真っ先に両掌を合わせて、私とユミリンがそれに倣う。
お父さんも手を合わせたところで最後に手を合わせたお母さんが「いただきます」と口にして、残る皆で「「「いただきます」」」と声を重ねた。




