不気味
千夏ちゃんの発言に滲む不穏な空気に少し飲まれてしまったものの、聞いている私が尻込みしては、勇気を出してくれた事に応えないとと考え直して、尋ねる覚悟を決めた。
「知ってたって……食べなかった、ことを……だよね?」
私の言葉に、千夏ちゃんはコクリと頷く。
そのまま黙ってしまった千夏ちゃんの顔色は青さを増したように見えるし、表情も強張ったように思えた。
微かに震えるからだと声で、千夏ちゃんは続きを口にする。
「最初は、食べなかった翌日に……『口に合わなかった?』とだけ聞かれて……その時はお腹がいっぱいだったのでまだ食べてませんって伝えたんですけど……ちょっと違和感があったくらい……なんです」
千夏ちゃんの発言を聞いたユミリンが「『美味しかったか?』じゃ無くて、口に合わなかったって聞き方は、確かに妙だな」と言って眉間に皺を寄せた。
「確かに、それは気になる……というよりは、おかしな聞き方だわね」
お姉ちゃんもユミリンの意見に同意する。
二人が自分の意見に肯定的なことを言ったのが後押しになったのか、千夏ちゃんは躊躇いがちにではあるモノの、続きを口にした。
「いまのは、その、最初で……この一月くらいで、聞かれる回数が増えたんですけど……それが食べなかった日で……」
「確信に変わった、と」
ユミリンの問い掛けに、千夏ちゃんは小さく、それでもしっかりと頷く。
「い、一回、その……う、疑うように、なると、いろんな事が気になって……」
一言発するだけでも苦痛が募るのだろう表情が険しくなっていくと共に、千夏ちゃんの発する声が小さくなっていった。
それでも、口を閉ざさない千夏ちゃんの姿に、胸が締め付けられる。
「気のせいかもしれないけど……その、家の中のモノの場所が変わってたり……して……」
千夏ちゃんの言葉で、一気に場の空気が凍った。
「……流石に、誰かが家の中に勝手に入ってたら、気持ち悪いな」
ユミリンは吐き捨てるようにそう言った。
管理人に、家の中のモノが移動している事実、そして、おかずを食べていないことを知っている節がある。
それらの要素を組み合わせれば、ユミリンの言うとおり『侵入している』と結論づけるのは当然だと思えた。
ただ、内容が内容だけに、ユミリンも、私たちもそれ以上、踏み込んで質問することが出来無い。
誰もが話し出すのを躊躇う、そんな膠着状態をお父さんの質問が破った。
「千夏さん……確認したいのだけど、良いですか?」
お父さんの声に反応して、ゆっくりと視線を向けた千夏ちゃんは「はい」と返す。
千夏ちゃんと視線を交わしたお父さんは「まず、確認しなきゃいけない事だけど、室内のモノが無くなったりはしていないかな?」と尋ねた。
千夏ちゃんは「わ、私の知る限りでは」と言ってから、首を左右に振る。
ユミリンは千夏ちゃんの返答を聞いて「知る限りって?」と首を傾げた。
「お、お父さんや、お母さんのモノもあるから……」
「そうか! 確かに、自分のモノ以外はわからないか……」
ユミリンはなるほどと大きく頷いてみせる。
そうして、何度か頷いたユミリンは「じゃあ、泥棒されてるって警察に言うのも難しいか……」と悔しそうに唇を噛んだ。
千夏ちゃんは悔しそうにするユミリンを見て何かを思い出したのか「あっ」と声を上げる。
「どうしたの、千夏ちゃん? 何か思い出した?」
お姉ちゃんから優しい口調で、そう問われた千夏ちゃんは「あの、なくなったモノはわからないですけど、ふ、増えてたものならあります!」と答えた。
「増えた?」
聞き返したお姉ちゃんに頷きながら、千夏ちゃんは「ど、動物の人形が……」と言う。
「動物って、こないだのおもちゃ屋で見た様なヤツか!」
ポンと手を叩いたユミリンは、そこまで口にしたところで、何かに気付いた様子を見せた。
閃きの勢いで口走っていた様子の直前と違い、凄く静かな口調で、ユミリンは「あの時、かよっぺに連れ出されるまで、遠目に見てたのは、そういう事?」と尋ねる。
曖昧な表情を見せる千夏ちゃんに変わって、お姉ちゃんは「確かに、家に知らない間に増えてたお人形は不気味よね……遠巻きになってしまうのもわかるわ」と溜め息を吐き出した。
「かなり、厄介だよな……モノが撮られて無くて、代わりに増えてるんだろ? 犯罪に……なるのか?」
腕組みをするユミリンに、私は「不法侵入……住居不法侵入って言う罪にはなるんじゃ無いか……な?」と言ってみる。
けど、お父さんが「無関係な人物なら、そうだが……管理人となると、契約の内容によっては、必ずしも……」と首を振った。
リーちゃんの見解としても、この時代は法的にかなり緩い事もあって、住居管理者が、例えば、機器の動作確認などと言い出せば、罪に問えない可能性があるという。
この時代では決定的な窃盗の事実が無ければ、警察としても介入しにくいようだ。
それならば、千夏ちゃんは不安を抱きつつ、日々を過ごさねばならなくなってしまう。
何か打つ手はないかと思ったところで、お母さんが「なら仕方が無いわね」と言った。
自然と皆の目がお母さんに向かう。
お母さんは笑みを深めると「千夏ちゃん。ご家族には私とお父さんで説明をするから、しばらくウチで暮らしなさい」と言い放った。




