到着
お父さんの運転は、急な加減速がないとても静かで丁寧なものだった。
史ちゃんたちを乗せているかもしれないけど、それでも、もの凄く気を遣ってくれているのが伝わってくる。
停車の前後で、スムーズに動かされるシフトレバーやサイドブレーキの操作の手つきもとても柔らかかった。
京一としての子供時代を含めて、初めてマニュアル車に乗ったのもあって、どうしてもお父さんの運転に意識が向いてしまう。
後部座席の真ん中に座っているのもあって、目の前で繰り広げられる自然で流れるようなシフト操作を見ているだけで、ドキドキしてきた。
一応、京一としては運転免許を持っていたのもあって、女の子が男が車を運転する姿にときめくという話に疑問を抱いていたのだけど、お父さんの運転を見ていてちょっとわかってしまったかもしれない。
感覚で状況を把握しているのはわかるけど、ほぼ前後移動のオートマのシフトレバーと違って、マニュアルは複雑なので、見ないで動かすし型が本当にカッコイイと思ってしまった。
元の世界に戻ったら、マニュアルの免許を取ろうかと思うくらいには憧れを感じる。
そんな事を思いながら運転姿を見ていたら、横に座る加代ちゃんに肩を叩かれた。
「ん?」
感触に反応して視線を向けると、加代ちゃんが口元を隠すように手を顔に当てていたので、何か言いたいんだろうと判断した私は、身体をズラして耳を近づける。
耳の傍に加代ちゃんの手が触れる感触がした後「リンちゃんのお父さんカッコイイね」と囁きが聞こえてきた。
あくまでこの世界での関係でしか無いけど、それでもお父さんを褒められて嬉しかった私は加代ちゃんに笑顔を向けて頷く。
自分だけで無く、友達も同じ容易に格好いいと思ってくれたことが、想像以上に嬉しかった。
「それじゃあ、二人とも、また明日ね」
私がそう言って手を振ると、史ちゃんは真面目な顔で「はい」と言い、加代ちゃんは「また明日ー」と手を振り返してくれた。
「史ちゃん、加代ちゃん、また部活で!」
私の横に並ぶ千夏ちゃんも二人に向かって手を振る。
お父さんは車に乗ったまま、運転席の窓から顔を出して「暗いから気をつけて」と声を掛けた。
「送っていただいてありがとうございました」
深々と頭を下げた史ちゃんに続いて、加代ちゃんも「凄く助かりました。ありがとうございました」と頭を下げる。
「気にしなくて良いよ。可愛いお嬢さん方に、暗い夜道を歩かせる方が心配だからね。遅れて良かったよ」
サラリと返すお父さんの発言はあまりにも自然で、言い慣れているんじゃ無いかと、ちょっと疑いの気持ちを抱いてしまった。
史ちゃんと加代ちゃんが見えなくなったところで、私たちも出発することになった。
ここまでは助手席に座っていた千夏ちゃんが、後部座席に移ってきて、二人並んで座る。
真ん中から運転席後ろの席に移動して、シートベルトを締めると、千夏ちゃんは私がさっきまで座っていた真ん中の席のシートベルトを締め始めた。
「千夏ちゃん、そこ、真ん中の席のだよ?」
間違えたのかと思ってそう言うと、千夏ちゃんは「隣同士で座りたいから……だめ?」と上目遣いで聞いてくる。
「だ、ダメじゃ無いけど……」
「じゃあ、となり座るね」
もの凄く嬉しそうにシートベルトを止めた上で、千夏ちゃんはお尻をズラして私にピッタリと寄り添った。
その様子を運転席から振り返って確認していたお父さんが「それじゃあ、発射いたしますが、よろしいですか、お嬢様方?」と微笑みながら尋ねてくる。
お父さんとしては冗談みたいなモノだったんだろうけど、言われた千夏ちゃんは暗い車内でもわかるくらい顔を真っ赤にしていた。
不意打ちで言われた言葉は、変に刺さることがあることを知る私は、敢えてお父さんに乗っかることにする。
「ええ。お願いしても良いかしら」
私がそう言うと、お父さんは運転席のシートに深く座り直した。
ギッとシートが音を立てたところで、座席越しにお父さんの「では、お嬢様。発車いたします」という声が聞こえてくる。
お父さんがシフトレバーを操作して間もなく、車はゆっくりと動き出した。
千夏ちゃんのマンションに辿り着いたので何度か声を掛けたのだけど反応が返ってこなかった。
なんだか固まってしまっているようなので「千夏ちゃん?」と肩に触れて軽く揺する。
すると千夏ちゃんはようやく我に返ったようで「凛花ちゃん?」とこちらを見ながら何度も瞬きを繰り返した。
どうもずっと静かだったのはフリーズしてしまっていたらしい。
ここorの中でお父さん恐るべしと思いながら「千夏ちゃんのマンションに着いたよ」と伝えた。
「え?」
目を大きく見開いて吃驚した顔をしてから、私の身体に覆い被さるようにして窓に顔を近づけると、呆然と「ほんとだ」と声を漏らす。
締めたままだった千夏ちゃんのシートベルトを外してから、自分のモノも外して「千夏ちゃん、ドア開けるよ」と声を掛けた。
「あ、え、うん……なんか、一緒に車に乗ってた記憶が無いんだけど?」
困り顔で言う千夏ちゃんに、私は苦笑しつつ「また、機会はあるから」と声を掛ける。
千夏ちゃんはもの凄く残念そうな表情を見せてから私を乗り越えて、開けたドアから降りていった。




