貸し出しと体操服
「それじゃあ、今日はここまでにしましょう」
お姉ちゃんの言葉に、部員の皆が「「「はいっ!」」」と声を揃えて返事を返した。
オーディションまでは、個別練習で演技の練習を中心にしていて、制服のままなので、このまま帰路につける。
役決めが終わったら、ランニングや筋トレ、発声練習などが始まるので、体操服に着替えて参加することになるので、予備が用意できるならしておいた方が良いと、春日先輩が解散直前に教えてくれた。
どうも、かつて、体操服を学校に置きっぱなしにしている男子の先輩がいたらしく、それが臭い問題に大発展した結果、男子演劇部と女子演劇部に部活が真っ二つになったことがあったらしい。
あくまで噂であって、本当にあった事かどうかはわからないけど、今現在、演劇部に男子部員は在籍していないので、無い話では無いようだ。
まあ、エチケットという意味でも、衛生的な意味でも、洗い替えとか毎日のお洗濯は大事だと思う。
とはいえ、この時代だと、女子生徒でも学校に体操服を置きっぱなしにしている子もそれなりに多いようだ。
教室後ろの一人一つ割り振られているドア無しロッカーに、入れたままって子もいたり、体操服の貸し借りなどもあるらしい。
この時代のこの学校では、全員がクラスと名前の書かれたゼッケンを付けているので、貸し借りが成立するのかと疑問だったけど、授業前に先生に報告すれば良いようだ。
体育祭とか、あるいは遠足など、来客や外の目がある時は絶対駄目だけど、授業中位ならお目こぼしして貰えるらしい。
ただ、名前の違う体操服を着ていれば、当然目を引くのでそれをネタにからかわれたりもするらしいというのを、まどか先輩がまことしやかに語ってくれた。
鈴木や田中、佐藤当たりなら同盟を組めそうと、面白がって口にしたオカルリちゃんに対して、身体の小さい子が大きい子の体操服を借りることがあったそうで、首元から胸元が見えてしまって大変だったとまどか先輩が返して、私たちは思わず絶句してしまう。
もちろん、言葉を失ってしまったのは、女子の話だと思ったからなのだけど、まどか先輩がニヤリと笑って『男子の話だ』と種明かししてくれたお陰で、ホッと胸を撫で下ろすことが出来た。
「実際に毎日体操服を着替えるとしても、上着もブルマも乾きやすいと思うから二着、余裕があれば三着、あると良いわね」
帰り道、体操服の予備の話をしていると、お姉ちゃんがそう言って経験談を元に話してくれた。
「まあ、凛花が体操服を忘れたら、お姉ちゃんが貸してあげるわ」
付け足された一言に振り返った私の視線の先、お姉ちゃんの顔の位置は、明らかに上である。
「……お姉ちゃんのサイズを私が着られると?」
私の切り返しに、お姉ちゃんは『着られるわよ。むしろ、私の方が凛花のハキレ無いんじゃ無いかしら」と言い切った。
まさに、大は小を兼ねるの言葉通り、着るだけなら私は着られるのは間違いない。
その一方で、お姉ちゃんに、私のサイズだと小さそうだというのも頷けるところだ。
ただ、まどか先輩の話を聞いてしまっているので、そこで話を終わろうとは思わず、つい「お姉ちゃんのを着たら、見えちゃいけないものが見えちゃうかもだよ?」と言ってしまう。
お姉ちゃんはそれを聞くと、ムッと顔を強張らせて「確かに、それはちょっと、嫌ね」と呟いた。
それを見ていて何を考えたのか、オカルリちゃんが「でも、お姉さん! ちっちゃい子が大きい服着るのは可愛くないですか?」と言い出す。
ピクリと身体を震わせたお姉ちゃんは少し考えてからポンと手を叩いた。
なんだか余り良くないことを思い付いたと察した私は、くるりと踵を返して、歩き出そうと一歩踏み出したところで、肩を鷲掴みにされてしまう。
全身がガクンと大きく震えたところで、前進を阻まれた私はゆっくりと振り返った。
そこには、残念ながら……というべきか、予想通り画がおいで私の肩を捕まえている笑顔のお姉ちゃんの顔がある。
「わからないことは実験したら良いと思わない、凛花?」
心の底から思わないので「おもいません!」と断言した。
けど、お姉ちゃんの耳には偏向フィルターでもか買っているのだろう。
まったく聞こえていないと言わんばかりに「わからないことは実験したら良いと思わない、凛花?」と同じセリフを繰り返した。
これはいけないと思って周りにいる皆に助けを求めるために視線を向けたけど、助けてくれそうな人が見当たらない。
私がどう答えるのか、あるいはそれ以外の考えがあるのかもしれないけど、皆の目には好奇心の色が強く宿っていたのだ。
この状況から逃げる道はないと諦めの境地に達した私は「何を確かめるんですか?」とお姉ちゃんに聞いてみる。
「ずばり、凛花が私の体操服を着たらどうなるかを確認するのよ! 見た目に問題なければ、いざという時、貸してあげられるでしょう?」
お姉ちゃんはそう言って、自分の考えが完璧だと言わんばかりに、誇らしく胸を張って見せた。
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