名家の娘
「かまぼこちゃん」
オカルリちゃんの一言に、鈴木裕子さんはもの凄く強烈な反応をした。
「だーーれーーがーー、かまぼこよっ!!!」
目を吊り上げて顔を真っ赤にして怒る姿はじゃれているようにも見える。
「だって、好きに呼んで良いっていったじゃない!」
もみくちゃにされながらも、オカルリちゃんは楽しげなので、まあ、嫌では無いのだろうと思い、止めに入るのは止めておくことにした。
「アンタには言ってないわよ!」
更に鈴木裕子さんが眉間の皺を深くしたところで、加代ちゃんが「あの、聞いてもいいかな?」と恐る恐る手を挙げる。
なんとなく何を聞こうとしているのか察しがついたけど、そこは気になるところではあるので、敢えて見守ることにした。
「なにかしら?」
オカルリちゃんの体操服の襟を掴み上げたまま、振り返りながら尋ねる鈴木裕子さんの圧はかなり強烈で、加代ちゃんが一瞬たじろぐ。
けど、自分で切り出したからと言うのもあるだろうし、好奇心もうずいたらしく、私の想像したとおりの質問を口にした。
「オカルリちゃんに聞いた方が良いのかもしれないけど……なんで、かまぼこなの……かな?」
加代ちゃんの問いに、キッと一瞬きつい目つきを見せた鈴木裕子さんだったけど、知らないなら仕方ないと判断したのか、諦めの籠もった長い溜め息を吐き出す。
その後で「鈴木って名字の人、割と多いでしょ?」とどこか嫌そうに口にした。
元の世界では『鈴木』と言えば、二番目に多い名字なので、割とどころか、かなりだと思う。
しかも、子供が多く、一クラスの人数も元の世界の倍もいれば、重なることが多いのは容易に想像がつく名字だ。
「だから、まあ、下の名前で呼び分けられるのよね」
鈴木裕子さんがそう言うと、加代ちゃんが「あっ」と口にしてもの凄く気まずそうな顔をする。
「まあ……そういう事よ」
加代ちゃんが察したことに気付いた鈴木裕子さんは長い溜め息を吐き出してから、改めてオカルリちゃんの襟首を掴んで持ち上げた。
上着が引っ張られたことで、裾がブルマから飛び出して、オカルリちゃんのおへそが顔を見せる。
更衣室内ならまだしも、流石に、校舎内の廊下なので、私は慌てて止めに入った。
「まあ、かまぼこ以外なら、何でもいいわ」
改めて言い直した鈴木裕子さんに向かって、オカルリちゃんは「じゃあ、スズヒロで!」と笑顔で言い放った。
「それじゃ、かまぼこと変わらないでしょうが!」
本気で怒る鈴木裕子さんに対して、オカルリちゃんは「禁止されなかったもーーん」と言って煽る。
「ああ、そう……殴られないとわからないのね?」
眉間に血管が浮かぶほどの怒りを見せる鈴木裕子さんに、慌てて「ひ、裕子さんでいいかな?」と聞いてみた。
それで、怒りを収めてくれるかはわからなかったけど、裕子さんはまたもや大きな溜め息を吐き出してから、オカルリちゃんに向けて放とうとしていた拳の握りを解く。
その後で、私に振り向きながら「とりあえず、着替えに行きながら話しましょう。アホのせいで無駄に時間を使ってしまったわ」と言って私の手を取った。
手を引きながら歩く裕子さんは、昨日の委員長とのやりとりで、私が神楽の舞手をやる話を聞いたと話してくれた。
裕子さんの家は代々続く大きな家で、茶道、華道、日舞と免許を持つ家族が多いらしく、本人もそれらの習い事を一通り熟しているらしい。
委員長とも仲が良いそうで、神楽の事は気になっていたものの、鈴木家が代々お祀りする氏神様が、神楽舞いをする神社のお祀りする神様とは異なるため協力できなかったそうだ。
神楽舞いは伝統的な奉納舞である為、日舞と通じるところも多く、今日の踊りを見て、自分にも何か手伝えることがあるんじゃ無いかと考えて声を掛けてくれたらしい。
まあ、見よう見まねで踊っただけなので、専門家から見たら頼りないだろうから、手を貸してくれるなら心強いと思った私は、すぐにお願いすることにした。
とはいえ、まだ本決まりではないので、もしかすると話がなくなるかもしれないとも伝えてある。
それでも構わないし、日舞に興味があるなら、神楽舞い関係無しに教えてくれると言ってくれた。
クールな印象に反して、話してみると、とても感情豊かで話しやすい。
そのギャップが面白くも感じるので、オカルリちゃんが茶々を入れる気持ちがわからなくも無かった。
結局いろいろ話してたせいで、かなり着替えが遅くなってしまって、次の授業に滑り込むことになりそうになってしまったは失敗だったけど、新たに裕子さんと話す機会が出来たのは素直に嬉しい。
時計を気にしながら、少し雑に体操服袋に脱いだばかりの体操服を詰め込んだ私は、最後に制服のスカーフを整えた。
「ちゃんとスカーフを整えるなんて、凛花さんはきっちりしているわね」
多少でも乱れていると、加代ちゃんが直してくれるので、迷惑を掛けたくない一心だったのだけど、裕子さんにはきっちりしているように見えたようだ。
切っ掛けが切っ掛けだけに、なんだか素直に受け入れにくい評価だったので「そうかな?」と曖昧に返す。
「さすが、凛花さんね」
感心しきりの裕子さんの後ろで、スカーフを調える準備をしてくれていたのであろう加代ちゃんが少し残念そうな顔をしていたのが、少し申し訳なかった。




