苦手・心理
「え……と……」
赤井先輩にズバリ『女の子の演技が苦手』と指摘されてしまった事に対して、どう返していいのかわからず、私は口籠もってしまった。
緋馬織での経験を経て、だいぶ、今の性別に慣れてきているとは思うけど、男性やあるいは大人の女性を演じるのとは違って、女の子を演じることに、精神的なブレーキが掛かってしまっていて、そこを赤井先輩は苦手と捉えたんじゃないかと思う。
はっきりとした自覚があるわけじゃ無いけど、妙に納得は出来る指摘だった。
ただ、問題は納得出来ることとはいえ、私に起きた事全てを語れない状況下で、どう説明すれば良いかというのが思い付かない点である。
正直に言っても、冗談だと思われる可能性もあれば、下手な情報拡散によって、この世界が大きく変貌してしまう可能性だってあった。
どうしたら良いのか、決めきれずに困っている私に対して、リーちゃんが『主様、なにも思い付かぬのであれば、相手の解釈に身を委ねるのもアリではないかの?』と言う。
『それってどういうこと?』
困惑気味に返す私に、リーちゃんは『こちらか何か言うのでは無く、目の前の娘の話を聞いて、それに相槌を打つ……ということじゃ』と言った。
『それって、ずるくないかな?』
私の返しに、リーちゃんは溜め息を吐き出してから『真実を伝えぬのであれば、『相手に委ねるズル』は甘んじて受け入れねばならぬところではないかの?』と正論が飛んでくる。
ホントは、リーちゃんに言われるまでも無く、本当は全部を言えないのであれば辻褄が合うようにウソをつかなければいけないのはわかっていた。
ただ、私が罪悪感を少しでも抱きたくなくて、状況のせいにしてしまいたかったに過ぎない。
だから積極的に赤井先輩に納得を導けるような事も言えず、言葉に詰まってしまうのだ。
「姫ちゃん。ごめんなさいね……私の感想だから、そんな深く考え込まないでね」
私の反応が無かったのもあって、赤井先輩はかなり強張った表情を浮かべてそう言ってくれた。
リーちゃんの指摘のお陰で、気持ちを決めることが出来た私は、真っ直ぐ赤井先輩を見て「なんでそう見えたのかって考えていたんです」と伝える。
赤井先輩はまた少し表情を強張らせたけど、私は気にせず間を開けないように言葉を口にした。
「多分ですけど、今の自分に近いから、なんだか変に意識してしまうんじゃ無いかと思うんです」
私が今、自分なりの推論として披露したのは、一部だけ辻褄を合わせるため言い換えた実感である。
一部、つまり今の自分に近い……ではなく『精神的に自分から遠いから』が、私なりの結論だった。
「ふふふ」
急に笑い出した赤井先輩に、私は思わずぎょっとしてしまった。
一部とは言え言い換えて、辻褄が合うようにしたし、話の流れも突飛だとは思わない。
それでもなにか、私が気づけていないミスがあったのだろうかと内心で焦っていると、赤井先輩は「あ、ゴメンなさいね」と口を押さえて詫びてきた。
正直、赤井先輩の考えていることに検討が立たず、戸惑いで一杯で「えっと……」というしかできない。
そんな私に赤井先輩は「姫ちゃんみたいに、見た目がもの凄く女の子らしい女の子が、女の子を演じるのが苦手って言うのもおかしいなって思ってね」と笑みを深めた。
直前とは少しニュアンスの違う「えっと……」が口から出る。
こちらの世界に来てからは割とストレートに褒めて貰うことが多かったので、多少離れてきていたけど、やはり容姿を褒められるのはかなり抵抗があった。
借り物というべきか、貰い物というべきか、意図せず手にした姿でもあるので、褒められるのに抵抗がある上に、客観的に見れば、自分でも『林田凛花』の容姿は、かなり整っていると思っている部分が、自意識過剰に思えて嫌悪感を抱かせるのである。
私の思考を把握しているリーちゃんが、もの凄く呆れているのはわかるのだけど、誤魔化そうにも誤魔化せない本心に根付いている考えなので、蓋をすることも出来無かった。
相変わらず上手く言葉を見つけられない私に、赤井先輩は「今日、苦手かもしれない場所が見つかったけど、そんなすぐに克服できるモノじゃ無いわ」と優しく言う。
ここで少し明るめに口調を変えて「そもそも、そんな簡単に克服できちゃったら、先輩としての立つ瀬がなくなっちゃうわ」と冗談めいた言い方で言い加えた。
「だから、ゆっくり慣れて行きましょう? 大丈夫、苦手意識なんて、忘れるぐらい役に没頭できれば、変な緊張もなくなるし、姫ちゃんのスイッチは完成するわ」
印象的だった赤井先輩の言葉を、私は知らずに「……完成……」と繰り返す。
赤井先輩は苦笑しながら「さっきも言ったけど、いきなり完成は止めてね? 先輩としての立場が無くなっちゃうからね」と言った。
私は「だ、大丈夫です。そんなすぐに出来るとは思ってないですから!」と首を振って訴える。
だが、赤井先輩は「そんなこと言って、すぐに完成しそうなのよね、姫ちゃんは」とジト目を向けられてしまった。
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