表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後カミカクシ・レトロ  作者: 雨音静香
第六章 日常? 非日常?
267/477

第二のスイッチ

「まず、多重人格にはいろんな症例があるらしいのね」

「はい」

 赤井先輩が真剣な表情で話してくれるのもあって、私の背筋は自然と伸びた。

「他の人格の形成の切っ掛けは、現実逃避というケースが多いみたいなの」

 うろ覚えだけど、抵抗する力が無く、虐待下にある人物が、その痛みを受けているのは、()()()()()()()()だと思うことで、精神を保つ。

 その精神の防衛機構が、苦痛を引き受ける人格を生み出すことで、人格を分裂させるケースがいわゆる多重人格のケースで一番多いパターンだと聞いた覚えがあった。

「それでね。そういうケースの場合、自分自身では、その生み出された人格を認知できないみたいなのね」

 赤井先輩の説明に、私は納得の上で無言で頷く。

 そもそもの分裂の原因が逃避なのだから、新たに生まれた人格を認知していたり、その神格の認識を共有してしまっていたら意味が無いのだ。

 だからこそ、一番多いケースとして、主人格は他の人格の存在を知らず、大して分裂した人格の方は他に人格があることを知っているケースが多いらしい。

「私の演技に使ってるスイッチは、自分で切り替えているし、スイッチを入れているときに話したことや取った行動もわかっているから、人格の分裂が起こっているわけじゃないっていうのが、診断の結果だったのね」

「そうなんですね」

 私がそう返すと、赤井先輩は「だから、私の演技(スイッチ)に近い姫ちゃんも、精神分裂とか、多重人格が起きてるわけじゃ無いから、安心してね」と優しい口調で言った。

 そう言われて、ようやく、不安を感じないように配慮してくれたんだと気付く。

 と、同時に、赤井先輩自身が、その診断結果を聞くまで、不安を感じていたんじゃ無いかと思った。


「えっと、なんか、変な方向に話が逸れてしまったわね」

 反応が想像と違ったからか、申し訳なさそうに言う赤井先輩に、私は頭を左右に振って「いえ、心配してくれてありがとうございます」と伝えた。

「私が、演じてる自分が、自分であって自分じゃないように感じていたから、心配してくださったんですよね?」

 そう聞くと赤井先輩は少し目を逸らしてから、コホンと咳払いをする。

 どういう心理が働いたんだろうと思いながら、次の行動を観察していると、赤井先輩は「ま、まあ、私のやり方を聞いて、実践してるんだから、余計な心配だったとは思うんだけどね」と、どことなく投げやりというか、あらっぽく言い放った。

 照れ隠しのようなモノだろうかとも思ったが、純粋に心配してくれたことが嬉しかったので、私はしっかりと否定するために頭を左右に振ってから「余計なんて事は無いです! 心配してくれて凄く嬉しいです! こんなに心優しい先輩がいてくれて心強いです!!」と強めに訴える。

 結果、赤井先輩がフリーズしてしまった。


 上目遣いとうつむきを短い時間で何度も繰り返しながら、林田良枝(お姉ちゃん)スイッチが解除されてしまった赤井先輩は「ま、まさか……スイッチが機能しなく、なる、なんて……姫ちゃん、すごすぎ……」と声を震わせながら言った。

「す、済みません、そんなつもりは無かったんですけど……」

 私がそう返すと、赤井先輩は遠い目をして「やろうと思ってないのに、やってしまうところが恐ろしいのよ」と言う。

 そんなこと無いだろうと思いながら「そ、そう……ですか……?」と返すと、赤井先輩は「部長は感情が揺るがないイメージがあるから……その……私がスイッチを入れてるときは、周りに何をされても動じないんだけど……」と言った後で大きく溜め息を吐き出した。

「赤井、先輩?」

 溜め息と共に肩を落としてしまった赤井先輩に声を掛けると、むくりと頭が上がって顔がこちらを向く。

「姫ちゃんの真っ直ぐな褒め言葉が、スイッチで入れ替わった部長の人格を飛び越えて、私自身に突き刺さってしまったのよ」

 意気消沈したような表情でそう言われた私は「なんか、すみません」と謝ることしか出来無かった。


「いや! 全然、悪いことじゃないさ。むしろ、スイッチを入れた私の意識を引き戻したんだから、恐るべき純粋さだと思うよ! まさに姫! 皆から崇拝されるに足ると思うね!」

 少し間があった後に、急に饒舌に語り出した赤井先輩を前に、私は呆気にとられてしまった。

 それほど唐突だったのだけど、ただ、聞き覚えのある話し方に、私の頭はそれが誰かを検索し始める。

「あ!」

 私の呟きの言葉に、赤井先輩が「ん?」と言って首を傾げた。

「まどか先輩……ですか?」

 赤井先輩は私の答えを聞くと、大きく頷いて「うん。正解」とニカリと笑む。

 体格も普段の雰囲気も正反対に近い印象なのに、まどか先輩スイッチの入った赤井先輩はまさしくまどか先輩だった。

 私は思わず拍手をしながら「声も違うのに、まどか先輩が話してるようにしか思えません」と素直な感想を伝える。

「姫ちゃんは油断できないからね。素に戻されない対策で、より動じない人のスイッチを使ってみたんだよ」

 そう言って笑う赤井先輩は少し得意げに胸を張って見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ