組み上げた人物像
赤井先輩の自己解析を聞いて頷いていると、更に続きを口にしてくれた。
「アニメの登場人物で何人か人物像を造り上げることに成功して、次の目標にしたのが、ドラマの登場人物だったんだけど……これがまったく出来無かったのよね」
頬に手を当てて溜め息交じりに赤井先輩は苦笑する。
「そう……なんですか?」
私がそう聞き返すと、赤井先輩は「ええ」と頷いた。
その上で「ドラマの登場人物って、人物像を読み取るのがスゴく難しいのよ……少なくとも私にはね」と困り顔で言う。
「映画みたいに最初から最後まで一気に見られれば違うのかもしれないけど、ウチはビデオ使えるのお父さんとお兄ちゃんだけだから」
赤井先輩の言葉の意味がわからずに、私は困惑してしまった。
そんな私に、リンちゃんが的確に情報を影響してくれる。
『主様。この時代は録画機器が普及し一般化し始めた頃じゃ。録画も磁気テープを使っておる故、気ままに自分の好きな番組を録画できるというわけでは無かったようじゃ。特に男性に比べて女性は縁遠い傾向があったようじゃな』
リンちゃんの説明で『磁気テープ』と聞いて、ようやく録画の手法、容量など、多くのことが、元の時代と大きく違うことを思い出した。
家でも、ブラウン管タイプの大きな厚みのあるテレビは見ているので、時代の違いはなんとなく認識していたけど、あくまでなんとなくでしか無かったのだと改めて痛感する。
僅か五十年足らずで、ブラウン管は液晶などの薄型になったように、録画機器も磁気テープ式から光学ディスクやHDDやSSDの方式へと、驚異的な発達を遂げていることをすっかり忘れていた。
それだけ大きな変化が起きているならば、元の世界とこの世界での『録画』に対する考え方などにも違いが出てくる。
注意をしないとボロが出てしまうと考えると、言葉選びにも慎重にならねばと、気持ちを改めることにした。
「姫ちゃん?」
私が考え込んでいたせいで動かなかったからか、赤井先輩は心配そうな顔で私を見ながら声を掛けてきてくれた。
「あ、す、すみません」
慌てて謝罪した私に、赤井先輩は「なにか、気になる事でもあった?」と首を傾げながら尋ねてくる。
「え……えっと……」
なにも応えないのもいけないと考えてしまった私は、懸命に思考を巡らせた結果、気になったことがあったのを思い出すことに成功した。
見つけ出せた安堵感に押されてそのまま、口に出す。
「赤井先輩ってお兄ちゃんがいるんですね?」
私の発言は完全に予想外だったのか、赤井先輩は「え?」と口にして、幾度も目を瞬かせた。
かなり戸惑っていたものの、我に返った赤井先輩は「そ、そうね……お兄ちゃんがいるわ」と言う。
「えっと……」
続いて、何を聞こうかと考えているうちに「高校生で……演劇関係は興味が無いみたい」と情報を足してくれた。
「そうなんですね」
頷きながら、私は一つ余計なことを閃いてしまう。
これを口に出したら赤井先輩は困るんじゃ無いかと思いながらも、つい好奇心に押されて、尋ねてしまった。
「もしかして、お兄ちゃんを演じることも出来るんですか?」
私の問い掛けに、少し間を開けてから、赤井先輩は苦笑しながら頬を掻く。
「さっきの話の続きなんだけど、ドラマの登場人物から上手く人物像を自分の中に作れなかった私が、演技の対象にしたのがお兄ちゃんなのよ」
「そうなんですね」
私は頷きながらも、兄弟なら観察の機会も多いだろうし、自然なんじゃ無いかと思っていた。
けど、それを口にするのを少し避けていたように見える。
何故だろうと思っていたら、赤井先輩が頬を掻いていた手を止めて、大きく長い溜め息を吐き出した。
「どうしたんですか、赤井先輩?」
私の声に反応してこちらを向いてくれたのは良いのだけど、ギギギと軋む音が聞こえてきそうな程、首の動きは鈍い。
なんだかもの凄く言いたく無さそうに見えたので「あ、む、無理に話してくれなくても良いですよ」と伝えたが、赤井先輩は軽く首を振って「いいえ、聞いて頂戴」とジッと私を見てきた。
ちょっと逃げ出したい気分にはなったモノの、言い難いのを越えて言おうとしてくれているのはなんとなくわかったので、覚悟を決めて「は、はい」と返す。
「……お兄ちゃんを観察して、自分の中に人物像を作ることには成功したのよ」
てっきり失敗したんだろうかと思っていたので、赤井先輩の言葉にはちょっぴり驚いた。
けど、続く言葉で、赤井先輩は口にするのを躊躇った理由がわかってしまう。
「問題は、お兄ちゃん……家ではすぐ服を脱ぐのよね」
「……あー」
自分の中に人物を構築してなりきる赤井先輩のスキル……その対象になる人物の一人が、家出は服を脱ぐいわゆる『裸族』だとしたら、かなり嫌……余り良い気分にはならない筈だ。
少なくとも、私の中に生まれた人格が露出きょ……裸族だったら、すぐに消し去ってしまいたいと、私なら思う。
「……姫ちゃんに話すことじゃなかったかもしれないけど、誤解無く知ってほしかったから、ごめんなさいね」
私をなんとも言えない複雑な表情で見ながら頭を下げた赤井先輩に対して、気付けば、私は「わ、私は大丈夫ですから!」と強めに訴えていた。




