解析と分析
「姫ちゃんの言うとおりだとすると、私では力になれないかもしれないわね」
どこか悲しそうに笑う赤井先輩の手を取って「そんなことは無いですよ!」と私は否定した。
「スイッチで意識を切り替えるのは確かに、私には難しいですけど、観察の仕方やイメージの膨らませ方は凄く勉強になると思いますから」
私がそう伝えると、赤井先輩は少し驚いた表情を見せてから、柔らかな表情を浮かべて「あら、優しいのね、姫ちゃん」と言う。
「……そ、その……優しいと判断される要素なんて無かったと思うんですけど?」
思わず耳にした評価に疑問が湧いて、そう返してしまった。
赤井先輩はそれを聞いて「うーーーん」と声を上げてから、目を閉じて溜め息を吐き出す夜に「そうね」と言う。
ただ、その『そうね』は私の発言を肯定する類いのモノではなく、話を切り出す切っ掛けの言葉だった。
「ちゃんと、私が嫌な思いをしないように、フォローをしてくれたでしょう?」
そう言って赤井先輩は目を細める。
「頭も良いし、皆が夢中なのもわかるわ」
「む、夢中って」
思わず強く反応してしまった私に、グッと身体を近づけて「自覚はあるでしょう」と耳元で怪しく囁いた。
「そ、それは……」
全くないとは言えない……むしろ、目を逸らしているだけという自覚まである。
言葉に詰まってしまった私に、赤井先輩は「そういうところも魅力的なんだと思うわ」と言って溜め息交じりの笑みを見せた。
もの凄く大人の……艶やかさというか、色気というか、雰囲気を撒き散らす赤井先輩を前に、身体が火照ってきた私は、なんだか、とても居たたまれなくなって「え、えっと、赤井先輩、その、演技の話に戻りませんか?」と提案してみた。
赤井先輩は余裕のある様子でニコニコ笑いながら「いいわよ」と言う。
少し前とは状況が逆になっている気がするけど、スイッチの入った赤井先輩を前に逆転できる気がしないので、同意を得た演技の話に戻ることにした。
「ま、まずは、自分の中に演じたい人物像を組み上げる……んですよね?」
私の言葉にゆったりとした動きで「ええ。その通りよ」と赤井先輩は頷く。
そこで話が止まってしまったので、私は懸命に頭を回転させて話の続きを絞り出した。
「えっと……さ、参考までにお姉ちゃん以外に参考した人を聞いてもいいですか?」
私の言葉に、赤井先輩は笑顔を浮かべて「もちろん」と頷く。
それから去年の話を中心に、参考にしたキャラクターの話をしてくれた。
「なるほど、次図材の人物だけじゃ無いんですね……その、赤井先輩が参考にされたのは」
「そうね」
私の言葉に頷いた後で、赤井先輩は少し間を置いてから「だって、生きてる人間の観察なんて難しいでしょう? どちらかと言えば、小説や物語の登場人物を参考にしたのが最初よ」と言い加えた。
笑みを崩さぬまま「だって、文字の中の人は、急に大きな声を出したり、笑ったりしてこないでしょう?」と続けるが、その表情には微かに影が落ちたように見える。
ただそれも、ほんの一瞬のことだった。
見間違えたのだろうかと思っている間にも、赤井先輩の話は続く。
「一番最初に頭の中に描いた人物は、小説の主人公だったわ」
「そうなんですか?」
「ええ。何しろその小説は一人称視点で、自分語りのような書き方だったから、主人公の気持ちや考え方が手に取るようにわかったのよ」
赤井先輩の返しに、なるほどなと思った。
一人称視点の作品は、その視点の持ち主は作者であり、読者でもある。
読み進めることで、主人公の考え方やモノの捉え方というのを自然と知ることが出来、その蓄積が人物像として形作られていくのはとても自然な流れだ。
赤井先輩はその精度がより高く、しかも、スイッチすることで完全に入り込める……いや、その思い描いた人物に入れ替われる。
その人物と一体化して、その人物として行動思考できるその下地を自身の中に組み上げるには、一人称視点の文学作品というのは間違いなく最適だと思えた。
「ただ、三人称の小説から作るのは苦戦したわね」
苦笑しながらそう言う赤井先輩に、私はどう返したら良いのかわからなかった。
視点が変われば、当然だけど、難易度が変わるのはわかる。
でも、文章からだけでも明確に人物像を拾い上げられた赤井先輩なら、難なくこなせそうなイメージが合ったから、苦戦したというのがどうにも飲み込めなかった。
謙遜だろうかと思っていた私に、赤井先輩は「だから、次に、自分の中に登場人物を作り出せたのはアニメを参考にしたときだったわ」と言う。
「アニメですか?」
そう聞き返した私に頷きで応えてから、赤井先輩は「恐らく……なんだけど、文章だけでは人物像を思い描くのに、情報が足りなかったのね。その点、アニメは声もある、絵も有るでしょう? しかも、子供向け作品だからっていうのもあると思うけど、表情や動きが現実よりも誇張されているし、心理が読み取りやすい……だから、汲み取りやすかったんだと思うわ」と言って、自分なりの推測を語ってくれた。




