カルチャーショック
実物を見たことがなかった昭和家電はまだまだ家の中に溢れていた。
洗濯機もそうだけど、衝撃だったのは今にあったテレビで、なんと、モニターの横に電源の他に、チャンネル分だけボタンが12個もついている。
エアコンらしきものも、畳みの半分を占領するほど大きい上に、直置きだった。
世界地図もそうだったけど、日常で使う家電が自分の知るものと形が違っているのはかなりの衝撃を受ける。
驚いていることをお姉ちゃんに悟られないように振る舞うだけでも一苦労だ。
そんなタイミングで、ジリリリンと大きなベルのような音が響き渡る。
「うぇっ!」
思わず声を上げた私と違って、落ち着いた様子でお母さんがパタパタと足音を立てながら「はい、はーい、今出ますよー」と言いながら台所から出てこようとしていた。
お姉ちゃんが「あ、お母さん、私出るよ」というと、スカートを翻しながら軽やかに今を後にする。
私も慌ててお姉ちゃんの跡を追って立ち上がったところで「じゃあ、お願いねぇ~」というお母さんの声が聞こえてきた。
お姉ちゃんが何かを掴んだと同時に、チンと音を立ててベルの音が途切れる。
「はい、もしもし、林田です~」
取り上げたものを耳に当てて、お姉ちゃんがそう言ったことで、それが電話だったのだと、ようやく理解できた。
しかも、手にした受話器の色は黒、昭和のドラマで見たことがある黒電話らしい。
後でこっそり詳しく見ようと思っていたら、お姉ちゃんが片手で手招きをし始めた。
何だろうと思いながら近づくと、マイク側に手を当てて「ユミちゃん」と囁くように教えてくれる。
「宿題持っていっても良いかって」
そう聞かれた私は、宿題なんて出された記憶が無かったので、素直に「宿題あったの?」と首を傾げた。
お姉ちゃんは受話器から手を退けると「なんか、凛花が『宿題あったの?』って言ってるんだけど?」と困惑した表情で電話の向こうのユミちゃんに尋ねる。
ユミちゃんから説明を受けているらしいお姉ちゃんは「あー、なるほど、そういうことか、ふむふむ」と頷いたりしながら話を進めているらしかった。
お姉ちゃんが受話器を置くと、黒電話はチンと言う音を立てた。
「ユミリン、何だって?」
スピーカーホンなんて無い時代の電話なので、会話している二人しか全容を把握出来ない。
宿題は多分、私が受けていない授業の時のものじゃ無いかと想像はついたものの、思い込みは良くないので、しっかりと聞いておくことにした。
「あんたが保健室に行ってた二時間目の国語の授業で、漢字の書き取りの宿題が出てたんだって」
「なるほどー」
ヤッパリと思いながら、頷いていると、お姉ちゃんは「ユミちゃん、宿題のことを伝え忘れてたって謝ってたよ」と言う。
私は「謝ってもらうところ無いよね? 教えてくれて、助かったし」と首を傾げると、お姉ちゃんは「伝え忘れてて、もの凄く申し訳ないって言ってた」と苦笑いを浮かべた。
「授業の直前に伝えられたら困るけど、今なら十分間に合うよね?」
何でそんなに申し訳なさそうなのだろうと思いながら首を反対に倒す。
そんな私に、お姉ちゃんは「ユミちゃんは、さっきも自分が凛花のお姉ちゃんって言ってたでしょ」と話を振ってきた。
「え? あー、言ってたかも」
忘れかけていたけど、どうにかそんな事実があったことを思いだした私は軽く頷く。
「自分の妹には、失敗した姿を見せたくないものなのよ」
そう言うお姉ちゃんの笑顔からは、苦みが消え去っていた。
京一としても、凛花としても、兄や姉、弟や妹、いわゆる兄弟姉妹に縁が無かったので、余りピンとこなかったので「そういうものなの?」と聞いてみる。
「そういうものなの」
間を置かないお姉ちゃんの返しに、私は思わず「年上の兄弟姉妹って大変だね」と呟いた。
すると、お姉ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべて「大変と言えば大変だけど、良いこともあるよ」と言う。
「いいいこと?」
もう一度反対に首を傾げると、お姉ちゃんは「妹を可愛がれる」といって抱き付いてきた。
「わぁ~~」
声を上げている間に私を抱き留めている左手で動きを制限して、空いた右手で粗めに私の頭をなで始める。
「お姉ちゃん、頭が揺れる~~」
抗議のつもりで言ったのだけど、深刻さが足りなかったのか、お姉ちゃんは手を止めずに笑っていた。
そこへお母さんがやってきて「あらあら、仲が良いわね」とのんびりした声で言う。
じゃれてるように見えるからだろうか、助けてくれる気配が無い。
代わりに、お母さんは「電話誰からだったの?」と質問を投げてきた。
「あ、お向かいのユミちゃん。宿題持って遊びに来るって……あ、学校で凛花もお世話になったみたいだから、お礼言わないとね」
お姉ちゃんの言葉に、お母さんは「そうなの? じゃあ、お夕飯誘っておいて」と言う。
「うん、任せといて!」
短いやりとりのあと、お母さんはすぐに台所に戻っていったのだけど、手を止めることを忘れているのか、私はお姉ちゃんに未だ抱きとめられて頭を撫でられていた。




