着替え
「お姉ちゃん、ユミリン来ちゃうよ、急いで急いで」
そう言いながら、お姉ちゃんのセーラー服の衿の上から背中を押した。
家の間取り自体は私の記憶通りでも、自分の部屋が同じ場所にあるかはわからないので、背中を押して急かすことで、お姉ちゃんに案内して貰おうという作戦である。
多少ズルイかなとも思わなくは無いけど、自分の部屋を忘れましたなんて言ってしまったら、大騒ぎになる予感があるので、目を瞑って貰いたいところだ。
思惑通りお姉ちゃんを先頭に、二階に上がった私たちは、そのまま一番近くの洋室の扉を開けた。
元の世界では良枝お婆ちゃんのお部屋になっていた部屋だけど、この過去らしき世界でも、お姉ちゃんの部屋だったらしい。
ただ、予想外というか想定外だったのは、私も同居人だったことだ。
西向きの窓の前に二つ机が並べられていて、東側の入口から見て左手、南側に二段ベッドが設置されている。
元の世界でもここにはお婆ちゃんのベッドが置かれていたので、構成は近いみたいだ。
その証拠というわけでは無いけど、右手の北側には、洋服ダンスが二竿設置されている。
ただ、どちらが……というよりは、どこに私の着る服が入っているかわからないので、恥ずかしさを押し込めて一つの策に打って出た。
「お姉ちゃん、私の服選んでー」
唐突なお願いに、お姉ちゃんは瞬きをしながら私をみる。
気まずい空気が広がってしまったものの、気付かないふりをしてスルーし続けていると、お姉ちゃんは「全く、甘えん坊なんだから」と言って、右側のタンスを開けた。
お姉ちゃんは一番上の引き出しからトレーナー、上から二段目の引き出しからマフラーのような毛糸の編み物、下の段からトレーナーと似た傷のズボンを取り出して、私に手渡してくれる。
「お姉ちゃん、これ……」
そう言いながら一番上に乗せられた毛糸の編み物に視線を向けていると、お姉ちゃんは「腹巻きしておきな。お腹は冷やさない方が良いから」とこれが何かを教えてくれた。
着替えようと思ってセーラー服の上着とスカートを脱いだところで、お姉ちゃんから「アンタ、スリップ着てたの?」と声を掛けられた。
「あ、うん」
スリップに肌着だけになったじぶんの身体を見ながら答えると、お姉ちゃんは手早く私の洗濯物が詰め込まれているのであろうタンスから白い服を取り出す。
「ズボンだから、長袖のシャツ着ときな」
そう言われて渡された長袖のシャツを受け取って、確かにスリップにズボンはおかしくなりそうだなとぼんやり考えながら着替えた。
その後で、ズボンとトレーナーを身につけて、腹巻きだと教えられた毛糸の織物を、横に広げて、スカートのように片足ずつ脚を通してお腹の位置にまで引っ張り上げる。
完璧だと思っていたら、お姉ちゃんから「アンタ、腹巻きは隠しなー」と言われて、腹巻きを膝上まで引き下ろされたあと、上着の裾を胸元までめくり上げられてから、引っ張り上げられた。
更に腹巻きを隠すようにトレーナーの裾を降ろして、ズボンに裾を差し込む。
私のシャツ、腹巻き、トレーナーに包まれたお腹をポンポンと叩きながらお姉ちゃんは「お腹温かい?」と聞いてきたので「うん」と頷きで応えた。
お姉ちゃんはシャツに薄手のカーディガンを重ねて、膝下丈のチェックのロングスカート姿にあっという間に着替えてしまった。
着替えを取り出したのは、私の着ているものの収められた横のタンスだったので、ちゃんと一人一竿ずつタンスを用意して貰っているらしい。
「それじゃあ、洗濯物を持って下に行きましょう。ユミちゃん来るだろうし」
「うん」
脱いだばかりのスリップと、持って帰ってきた体操服を取り出してお姉ちゃんに続いた。
階段を降りて、一階に戻ると、お姉ちゃんは迷い無く家の奥へと進んでいく。
玄関から伸びる廊下を奥に進むと、その先にお手洗いやお風呂場が備え付けられているのだ。
その手前に廊下を挟むように、板の間になっている洋式の台所と、大きな仏壇の置かれた畳敷きの和室がある。
間取りも雰囲気も変わらない和室に比べて、台所の方がかなり印象が違っていた。
シンクやレンジの位置は変わらないのに、蛇口が上下にスライドする形式じゃ無くて、手で回して開くタイプになっている。
電子臨時は信じられないほど大きいし、炊飯器は見当たらず、代わりにでっかい寸胴のようなものが置かれていた。
夕飯の準備をしているのだろうお母さんが冷蔵庫を開け閉めしながら、テーブルの上に食材を並べている。
「あら、着替えたの?」
様子を見ていた私に気が付いたお母さんが、』私に声を掛けてきたので、私は「洗濯物を出しに行くとこ」と返して、既に先に進んでしまっていたお姉ちゃんの後を追った。
自分の記憶と変わらない場所にあるお風呂には記憶と同じ場所に洗濯機が置かれていた。
けど、置かれていたのは私の知っている洗濯機とは違って、簡単に言う長細い資格をしていて、なんと二つも蓋が付いている。
お姉ちゃんは躊躇いなく、自分の脱いだ肌着類を片方の蓋を開けて放り込んだ。
私は試しにもう一つの蓋を開けてみたんだけど、そこには無数の穴の空いた黒い筒状の物体が存在している。
後ろからお姉ちゃんに「アンタ、脱水にいきなり洗濯物入れるつもり?」と言われて、慌てて「ちょっと開けてみたかっただけ」と誤魔化して、お姉ちゃんが洗濯物を入れた方に自分のものを放り込んだ。




