帰還と移行
「ただいま戻りましたーー」
印刷したての台本のコピーを手に、かなで先輩は部室に入るなり大きな声で報告をした。
「おお、おかえりー、印刷できた?」
金森先輩が笑顔でそう尋ねてくると、かなで先輩は「とりあえず10部だけ刷って貰った」と机の上に持ってきた者を並べる。
「一応、演目決めの資料と言うことだったので、人数分じゃ無くて、回し見出来る部数にしました」
私がそう報告した後、茜ちゃんが自分が運んできた「これぇ、原稿ですぅ」と持ち上げて見せた。
「原稿か……えっと、まどか先輩、原稿って……」
金森先輩が、私たちと一緒に戻ってきたまどか先輩に話を振る。
「小夜子だね」
まどか先輩がそれだけ言うと、金森先輩は頷いて「それじゃあ、後でで良いので原稿は春日副部長に手渡して貰って良いかな?」と茜ちゃんに告げた。
茜ちゃんは「わかりましたぁ~」と口にすると、額に掌を当てて敬礼してみせる。
とりあえず、二年生の先輩は6人に印刷してきたコピーを一人一部持って貰い、私たちは全員で残る四部を共有することにした。
「凛花様! 印刷ってどうでしたか?」
史ちゃんがそう聞いてきたので、機械が大きかったことや油やインクの匂いが強かったこと、振動でちょってゆかが揺れて感じたことや、廊下よりも印刷室内が暖かかったことなどを伝えて、最後に面白かったという感想を添えた。
「大きな機械に憧れるなんて、男子みたいだな」
カラカラと笑いながらユミリンがそう指摘してくる。
正直、身に覚えも心当たりも盛大にあるので「そうかな?」と切り返しつつも、不意打ちで心臓が爆音を上げていた。
内心では動揺しながらも、苦笑を浮かべて誤魔化していると、ずっと同行してくれているまどか先輩が「んー、確かに姫は少し一般の女子とは、ズレているかもしれないね」と言い出す。
「ほほう。そう思い理由があるのですね、まどか先輩」
なにかを察したように深く頷きながら、ユミリンはまどか先輩に問い掛けた。
「いかにも、いかにもだよ」
何度か頷いてからまどか先輩は「じつはね」と切り出す。
「いや、印刷室の担当って篠田先生なんだけど、姫は全く普通の対応だったんだよねー」
まどか先輩がなにを言いたいのかわからず、私は「え、篠田先生って、なにかおかしなところがありましたか?」と尋ねた。
すると、まどか先輩では無く、委員長が笑いながら「凛花ちゃん。篠田先生は、格好いいと評判なの。憧れる女子生徒が多くて有名なのよ」と言う。
「あー、確かに、整った顔立ちでしたけど……」
言われて篠田先生の顔を思い返しながらそう言うと、まどか先輩が「というわけで、姫は篠田先生の色香には惑わされないようだ」と言い出した。
「待ってください! かなで先輩……は、まあ、面識があるかも知れないから、えっと、茜ちゃんもその辺か無かったですよ!?」
私だけじゃ無いデスの思いを込めてそうアピールすると、茜ちゃんは「私は女の子の方が好きだからねぇ」と言う。
「えっ!?」
思わず振り返ってしまった茜ちゃんは笑いながら「将来は男の人を好きになるかもしれないけどぉ、今は女の子の方が良いかなぁ」と言葉を足してくれた。
「それなら、私もそうです!」
何故か真っ直ぐ手を挙げて千夏ちゃんがそうアピールしてくる。
それを切っ掛けに史ちゃんや加代ちゃんまで同調した後で、皆の目が私に向いた。
言葉にされなくても、私はどうなのかという問い掛けが満々に満ちた視線に、私は「どちらかといえば……」と苦笑しながら男よりも女の子に一票を投じる。
直後、ユミリンの表情がにまりと動いたのを視界の隅で捉えた私は、ほぼ反射で「ところで、篠田先生って何の教科を担当されているんですか? 見かけた覚えがないんですけど!」と強めに質問してみた。
あのまま放っておいたら、どんな子がタイプとか言い出して、最終的に誰か選ぶなんてことになったら、収拾が付かなくなりそうだったので、悪くない切り返しだったと思う。
少なくとも、ユミリンはちょっと悔しそうな顔を見せたので、流れを変えることには成功した筈だ。
「あー、えっと、篠田先生は技術科の先生だね。だから機械類も詳しい」
まどか先輩の説明に、私は『ん?』と思った。
すかさず、リンちゃんがこの時代はまだ、男子は技術科、女子は家庭科と、授業が男女別だったこと、そして今共有化が進行中で、歴史通りなら次年度から実施されると教えてくれる。
「一学期は男女別のままで授業だから、篠田先生の授業は二学期になってからね」
委員長はそう言った後で「ウチの男子が篠田先生に教わっているから、多分私たちも篠田先生だと思うわ」と言い加えた。
「技術って何をするのかちょっと気になる……かも」
男女別だったところから、男女一緒の授業に変わる過渡期なんて、そうそう立ち会えるモノではないので、想像もしていなかった出会いに気持ちが高揚する。
加えて、仕組みが変わると言うことは現場の先生方は大変だろうなという思いと、どう乗り越えるんだろうという純粋な好奇心で、早く授業を受けてみたいという気持ちになった。




