変幻自在の好奇心
「その記録映画のタイトルは?」
キラキラした瞳をこちらに向けてオカルリちゃんは遠慮無く踏み込んできた。
咄嗟に「えっ?」と声が出てしまう。
「ハヤリンが作法を習得したって言う記録映画に興味があって」
真っ直ぐに私を見る目には悪意は感じないものの、強い、もの凄く強い好奇心が込められていた。
ちゃんと返さないと、納得してくれそうにないと思った私は「それが、小さい頃に見た映画で、お母さんに言われて思い出したくらいだから、タイトルはわからないの」と説明する。
昨日、同じ話をお母さんから聞いているユミリン、史ちゃん、加代ちゃんに違和感は無さそうだ。
一方で、オカルリちゃんはなんだか不満そうに見える。
頭の中ではリーちゃんが触れない方が良いんじゃ無いかと言ってくれてはいたのだけど、不満そうな顔のオカルリちゃんを放ってはおけず、つい何か、気になることがあった?」と聞いてしまった。
「ねぇ、本当に、映画で覚えたの?」
ジッと私を見詰めながら、まるで心を見透かすようなオカルリちゃんの問い掛けに、思いがけず「えっ?」と声が出てしまう。
「本当は前世の記憶なんでしょ?」
顔を近づけながらニヤリと笑って言うオカルリちゃんに気圧されて「それは……」と言い淀んでしまった。
「やっぱり……大丈夫、言いふらしたりはしないから!」
直後、そう言って案面の笑みを浮かべるオカルリちゃんの頭に、ユミリンの手刀が振り下ろされる。
「リンリンを困らせるな!」
ユミリンの一撃に叩かれた頭を押さえながら「え!? 全然困らせてないよ? ね、ハヤリン?」とこちらに聞いてきた。
「え……えーーと」
困ってたの派事実だけど、それを明言してしまうのは良くない気がして、言葉に詰まってしまう。
ここで、史ちゃんが「田中るさん。凛花様に接近しないでください!」と言い出した。
「田中る!?」
オカルリちゃんが目を丸くする。
「座席表にも『田中る』で書かれているので、そのまま採用しただけです」
サラリと言い放つ史ちゃんの言葉通り、田中の様に同じ名字の子は、教室に掲示されている座席表に、名字の下に名前の頭文字が書かれていた。
「るさんって、なんか、三代目の泥棒さんみたいねぇ」
茜ちゃんがそう言ってオカルリちゃんの呼び方についての話を広げる。
「あー、いいやすいかも、まてーーい、るさーーーんって」
ユミリンが三代目の泥棒を追い掛ける警部のモノマネ風に再現すると、席の近い百合子さんが「おー、似てるに照る」とはやし立てた。
「じゃあ、今日からオカルリは、『田中る』な!」
そう言って一方的に宣言するユミリンに対して、オカルリちゃんは「違いますー。田中るりです~~。ルナじゃないですぅ~」と返す。
そこで千夏ちゃんの時のように、にらみ合うのかなと思ったら、オカルリちゃんは「いや、ちょっと待って」と顎に手を当てて何かを考え出した。
急に話の方向がクルクルと変わるオカルリちゃんは「ルナも悪くないわね」と言い出した。
「そもそも、ルナって月の事だよね、ハヤリン?」
「え、あ、確か、ラテン語で月だったかなぁ」
思わず返してしまった私の両手を自らの両手で包み込むように握って、オカルリちゃんは「さすがハヤリン。こっちの世界の人だと思ったんだよね!」と言い出す。
「え!? えぇ」
急に宣言された事に戸惑った私の手を引き剥がしながら史ちゃんが「勝手に凛花様を仲間に引き入れないでください!」と怒りだした。
「はっ!? フミキチ、何を言ってるの? ルナがラテン語って知ってるだけで、オカルト知識完璧に決まってるでしょ?」
全く一ミリも頷けない理論を展開したオカルリちゃんに、今度は加代ちゃんが「単純にリンちゃんが勉強できるだけじゃ無いかな?」と言う。
思わず最も談待って頷いてしまいそうになる加代ちゃんの指摘に、オカルリちゃんはビクッと身体を強張らせた。
それから私の方に視線を向けて、オカルリちゃんは「ハヤリンはオカルト知識持ってるよね?」と泣きそうな顔で聞いてくる。
正直答えにくい質問だなと思ってしまった。
神格姿やら、種やら、緋馬織で散々係わってきているので、いわゆる超常的なことに全く知識がないわけでは無いとは思う。
でも、その知識がオカルリちゃんのイメージする『オカルト知識』と合致しているかどうかは正直わからなかった。
『主様は、変なところで真面目よなぁ』
頭の中で呆れの色の滲んだリーちゃんの声が響く。
それに、反論しようとしたところで、再び手をオカルリちゃんに握られた。
「へぁっ!?」
ビックリで声が飛び出たところに、オカルリちゃんが「即答できないのは、秘密の何かがあるってことですよね、ハヤリン?」と満面の笑みで微笑まれてしまう。
思わず心の中で『直前までの涙目は何だったの!?』と叫んでしまったほど、変わり身の早いオカルリちゃんに私は完全に振り回されていた。
少なくとも、大きく的外れではないせいで、上手い対処法が思い付かない。
そんなピンチを救ってくれたのは、朝のホームルームの始まりを予告する予鈴だった。




