週の始まり
「行ってきます!」
「はい、気をつけて」
お母さんに見送られて、私とお姉ちゃんは玄関を出た。
そのままお隣の家に直行して、呼び鈴を押すと、私たち以外の訪問者が来るかもしれないからだろう、少し高めの声で「はい!」と言いながらユミリンが飛び出してくる。
玄関の扉越しに目が合った途端、いつもの声でユミリンが「靴履くから、ちょっと待ってて」と口にして戻っていった。
ややあってから、ゴンゴンと靴底で玄関のタイルを叩く音が何度かした後で、ユミリンが「お待たせ」と言いながら再び出てくる。
そのまま流れるように振り返って、玄関に鍵を掛けると、ノブを引いて施錠されてるか確かめてから、門を開けて出てきた。
「お姉ちゃん、リンリン、おはよ」
私がユミリンに「おはよう」と答え、お姉ちゃんも「おはよう」と続ける。
道に出たユミリンは、門の閂を落としたところで「んじゃ、行きますか」と言うので、私とお姉ちゃんは「「おー」」と声を揃えた。
三人で一緒に歩きながら、角を曲がったところで、遠くから「凛花ちゃーーーん!」と呼びかけられた。
声の主は、それなりに距離がある直線道路に面したマンションに住む千夏ちゃんである。
大きく手を伸ばしてブンブンと手を振っている姿に、尻尾を力一杯振って、喜びをアピールする犬の姿が重なった。
「チー坊は無駄にでけぇー声だな」
普通に話して声が届くくらいの距離になったところで、ユミリンがそう言い放った。
揶揄う色の混じったユミリンの挑発の言葉に、千夏ちゃんは「鍛えてますから」と胸を張る。
自分の意図した上月が帰ってこなかったせいか、途端を興味を失ったように、ユミリンは言い返すことは無かった。
代わりにお姉ちゃんが「千夏ちゃんは頑張っているものね、自主練も」と微笑みかける。
「え、あ……あ、りがとうございます」
急に褒められたことで、千夏ちゃんは動揺してしまったようだ。
私もよく陥る状況なので、気持ちは凄くわかる。
けど、先ほど思い通りに話が転がらず一歩引いていたユミリンには、好機に見えてしまったようだ。
「何だ、チー坊、照れてるのか?」
ニヤニヤしながら千夏ちゃんにそう尋ねるユミリンは、なんだかスゴく生き生きして見える。
そんなユミリンをきっと睨みながら、千夏ちゃんは「そうだけど? 良枝先輩に褒められて嬉しいのは当たり前でしょ?」と言い返した。
今回も想定した反応と違っていたようで、ユミリンは一瞬固まったものの、その後しみじみ「確かに」と大きく頷く。
「私も良枝お姉ちゃんやリンリンに褒められたらもの凄く嬉しいわ」
そう言いながらユミリンがお姉ちゃんと私を見た。
「う、うぇ」
急な飛び火に変な声が出てしまった私と違って、お姉ちゃんは「そうね。褒めて貰えるのは嬉しいわよね。認めて貰えた気がして」と落ち着いた口調で頷く。
その姿に、思わず「お姉ちゃんは大人だなぁ」と思ったままを口にしてしまった。
すると、お姉ちゃんは私から高速で首を捻って顔を逸らすと「これ、でも、お姉ちゃんだから、ね」と言う。
どうしたんだろうと思って、回り込んで顔を見ようとしたら目を塞ぐように上からお姉ちゃんの手が顔を押さえてきた。
「お、お姉ちゃん?」
想定外の出来事に思わず驚きの声が飛び出る。
「遊んでないで、今日は加代ちゃん、史ちゃんとも待ち合わせしているでしょう?」
お姉ちゃんの発言に「そうだった」と私が約束を思い出した顔に載っていた手が離れた。
「ち、なつちゃん、出発しても良いかしら?」
お姉ちゃんからの問い掛けに、ちなつちゃんが「あ、はい、準備万端です、良枝先輩!」と返す。
返事を聞いて大きく頷いたお姉ちゃんは「それじゃあ、皆行きましょう」と先頭を切って歩き出した。
二人と別れる交差点には、既に二人の姿があった。
待たせないように少し早めに出てきたのに、こちらの方が待たせてしまったらしい。
「おはよう、史ちゃん、加代ちゃん、待たせてごめんね!」
私が近寄りながらそう声を掛けると、加代ちゃんが「大丈夫だよ、私たちが少し早めに来てただけだし」と言ってくれた。
加代ちゃんの横で、史ちゃんが頷きながら「凛花様をお待たせするわけにはいきませんからね」と言い切る。
そんな史ちゃんに対して手を挙げながら、ユミリンは「あー、私たちもいるんだけど」と主張した。
対して、史ちゃんは「そうですね」とバッサリと切り返す。
話を続けることが出来そうも無い容赦の無い返しを聞いた私は、慌てて「と、とりあえず、遅刻しないようにが、学校にいこうか!」と大きめの声で訴えた。
「そうですね。生きましょう、凛花様」
私の横について歩き出す史ちゃんからは、全く動揺も悪気も感じない。
そんな史ちゃんを観る私の耳に、後ろから少し抑えめの声で「ふみちきのほうが、チー坊より恐ろしいかもしれないな」とユミリンが呟いたのが聞こえてきた。
対して、千夏ちゃんが「あんた、誰彼かまず、喧嘩売るの止めなさいよ」と同じように抑えた声で忠告する。
「と、とにかく二人とも以降。置いてかれちゃうよ」
気を遣う加代ちゃんの提案に、ユミリンも千夏ちゃんも同意して足音が付いてくるのが聞こえ、私は胸を撫で下ろした。




