似たもの親娘
「良いじゃないか、がんばりなさい」
あっさりとお父さんからそう言われた私は、少し戸惑ってしまった。
「……き、聞いておいてなんだけど、本当に良いの?」
戸惑いつつそう確認してみると、お父さんは「むしろ、歴史深い神楽舞いに関われるなんて滅多に出来る経験でも無い。もしも凛花と同じ立場だったら、絶対やらせて欲しいと訴えているだろうからね……そんな僕が反対すると思うかい?」と笑う。
「思いません」
私の素直な返答に笑いながらお父さんは「でも、まだ決まったわけじゃ無いんだろう? 神社の神事だからね。氏子さんの考えもあるだろうし、結果として、任せられなかったとしても、それはちゃんと受け止めるんだよ?」と最後に少しだけ厳しめな表情を見せた。
「はい」
意識的に表情を引き締めて私は深く頷く。
「よし、それにしても凛花が神楽舞いをねぇ。まだどうなるかはわからないが、もしも任せて貰えたら、全力で応援するよ」
お父さんに続いて、お母さんも「もちろん、私も応援するわよ!」と言ってくれた。
話を聞いて、背中を押してくれるのがとても嬉しい。
思わずニヤつきそうになったところで、お父さんが「それにしても……」と口にした。
何を言うのだろうという純粋な疑問を感じながらお父さんに視線を向ける。
すると、お父さんはまどか先輩に目を向けて「それにしても、弁財天様の御利益が、神楽舞いのお役目への縁というのは、実に面白い発想だね、まどかちゃん」と微笑みかけた。
「そ、そうですか?」
急に話を振られて賞賛された事に、珍しくまどか先輩は戸惑っているように見える。
そんなまどか先輩に「いや、芸能の神様が、舞いを踊る機会を与えてくれるというのは、鳴るほどと思えるわりに、なかなか思い付かないものだと思うよ……少なくとも、ボクは思い付かなかったからね」と熱く訴えた。
お父さんの熱の籠もった言葉からは、揶揄うような気配は感じられるただただ絶賛しているのがわかる。
そのせいで、まどか先輩はみるみる赤くなってしまった。
ここで、お姉ちゃんが「ちょっと、お父さん。あんまりまどかを褒めないで、もう真っ赤じゃ無い!」とストップを掛ける。
ようやく自分が勢いに任せて語っていたことに気が付いたらしいお父さんは「これは、申し訳ない」と素直に頭を下げた。
その上で何か言いたそうに口を開き掛けたが、まどか先輩を見て、お父さんは続きを口にするのを止める。
代わりに、お姉ちゃんに視線を向けて「良枝は、一緒に舞ったりしないのかな?」と話を振った。
お父さんの問い掛けに、お姉ちゃんは私の方に視線を向けた。
その視線の意図を上手く掴めなかった私は「なに、お姉ちゃん?」と尋ねる。
お姉ちゃんは、私からお父さんに視線を戻すと「一応、凛花からは、もし複数人で舞うことが出来るならって誘いは受けているわ」と答えた。
お父さんは「神楽舞いは神社によって取り決めが違うからね。まだそこまでは神子さんからお聞きしてないわけだね」と軽く頷く。
その上で「それで、良枝はもし舞えるなら、舞うのかい?」と改めて尋ねた。
「凛華に誘われてるのに、断わるわけ無いじゃ無い」
「はっはっは。お前は本当に凛華が好きだねぇ」
お姉ちゃんの断言に、お父さんは豪快に笑う。
微笑ましいお役のやりとりなんだけど、引き合いに出されているのが自分なので、ちょっと……いや、かなり恥ずかしかった。
でも、すごく嬉しくもある。
頬は熱くなるし、口元はニヤつくし、とても人にお見せできないような表情をしているのを自覚して、両手で顔を覆った。
「ユミちゃんたちも、同じ気持ちなのかな?」
お父さんは柔らかな口調で皆を見渡しながらそう尋ねた。
皆はお父さんと視線が重なるタイミングで頷く。
全員が頷いたのを確認してから、お父さんは「もしも、保護者の方が難色を示すようだったらボクに言ってください。絶対に説得できるという約束は出来無いけど、必ず説得と説明はさせて貰うからね」と告げた。
その発言に、お父さんと以前から関わりがあるであろうユミリンとまどか先輩を除いた三人が吃驚した表情を見せる。
「よ、よいのですか?」
動揺で言葉を詰まらせながら史ちゃんがそう聞き返した。
「もちろん。どうせなら、娘だけで無く、その友達にも貴重な経験をしてほしいと思っているからね。その助けになるなら、何でもするつもりだから、もしも、やりたいという気持ちを持ってくれたなら、是非とも応援させて欲しい」
お父さんの言葉に、史ちゃんも、加代ちゃんも、千夏ちゃんも目を輝かせる。
その目線をお父さんが向けられていると言うだけで、もの凄く誇らしかった。
「それじゃあ、その時はよろしくお願いします」
「私もお願いします!」
「お願いします!!」
史ちゃん、加代ちゃん、千夏ちゃんが頭を下げ、お父さんは「上手くいくとは限らないから、そんなにかしこまらなくて良いし、私も娘の助けになりたいだけだからね。余り着にしないでくれると嬉しいな」と少し困ったように笑う。
千夏ちゃんは頭を上げるなり、私の方へ視線を向けて「凛花ちゃんのお父さんって、凛花ちゃんに似てるね」と言い出した。
それがくすぐったくて嬉しいと思った私は、内心が漏れ出ないように表情を引き締める。
「私がお父さんに似てるんだよ?」
無理矢理作った真面目顔で私がそう返すと、少しの間を挟んで皆から笑いが沸き起こった。




