めぐりあわせ
神子さんからのお願いは、簡潔に言うと『巫女』をしないかという誘いだった。
彼の管理している神社の中で、神楽殿のあるところがあって、そこで奉納する神楽の舞手を探しているらしい。
その神社の氏子さんの血縁者が代々勤めていたらしいのだけど、段々高齢化が進んでいて、一昨年まで神楽舞をしていた娘さんが結婚して遠方に嫁いで言ってしまったために、担える人がいなり、昨年は奉納することが出来なかった。
そこで、神楽舞の新たな担い手を探していたところで、私の参拝の作法や知識を見て神子さんは運命を感じたらしい。
そんなわけで、まだ、神子さんが次いで欲しいと思っていただけで、氏子さんへの説明や説得はこの後のことで、その話をする前に、気持ちを聞きたかったそうだ。
私としては困っているなら協力して上げたいという思いもあるし、なにより、リーちゃんの情報により、元の世界では『神楽舞が絶えてしまっている』という事実が使命感を抱かせる。
ただ、学校での出し物や部活動のことと違って、流石にこの場で即決は出来無いので、お父さんやお母さんと相談して決めるということで、神子さんからは了承を得た。
もしかして、この世界を生み出した『種』の目的に、失伝した『神楽』の継承があるんじゃ無いかと、ふと私は思っていた。
リーちゃんとしては、神子さんとの出会いまでの流れが偶然の重なりで、誘導された気配は感じないので、可能性は否定しないけど、同意は出来無いと言う。
確かに、神社にお参りするというのは、今日の予定には入っていなかったし、神子さんが私に声を掛けたのは、その振る舞いを見たからだ。
これが仕組まれていたと考えるのは、確かに無理の方が大きいと思う。
けど、何故だか強く運命を感じていた。
失伝した『神楽』の継承が出来るなら、元の世界にも復活させられるんじゃないか、そう考えると巻き込まれて辿り着いた現状にも、新たな意味を持たせることが出来る気がする。
いつの間にか、私の中に、結論が生まれていた。
「正直なところ、凛花はどう思っているの?」
お姉ちゃんのストレートな問い掛けに、私は「正直、やってみたい」と余計な言葉を挟まずに答えた。
「そうよね。そういう顔してる」
お姉ちゃんは目を細め、柔らかく微笑みながら私を見る。
「神楽舞か、本当にやることになったら、私もいろんなビデオを取り寄せてみるよ」
まどか先輩がそう言ってくれた。
「私も応援しています。それに私に出来る事なら何でもします!」
史ちゃんの発言を切っ掛けに、加代ちゃん、千夏ちゃん、ユミリンも応援してくれる。
私は「ありがとう」と返してから「詳しいお話を聞いてないから、なんとも言えないところではあるんだけど……」と切り出した。
皆の目が私に向いたので「神楽舞って、一人で舞うものと複数人で舞うものがあるらしくてね。神子さんのお話だと、これまではお姉さんが一人で待っていたけど、複数人で待っても良いって事だったら、手伝ってくれるかな?」と聞いてみる。
そんな私の提案は皆には想像もしていなかったものだったようで、皆は驚いた表情を浮かべて固まってしまった。
沈黙の時間を挟んで少し、まずユミリンが「私みたいながさつな人間には無理だろ」と言い出した。
「いや、運動神経良いし、背もあるし、ダイナミックな舞を踊れると思うよ?」
本心でそう伝えると、ユミリンは顔を赤くして固まってしまう。
強い好奇心の籠もった目を私に向けて、千夏ちゃんは少し遠慮がちに「私は、その……凛花ちゃんと踊れるならやってみたい」と言ってくれた。
史ちゃんは「私も凛花様と舞いを踊りたい気持ちはありますが、運動神経が……」と悲しそうな表情を浮かべる。
次いで加代ちゃんは「私は、応援を主体にしたいかな」と申し訳なさそうに言った。
なので、私は「あくまで、もしも複数人で奉じて良いならって話だし、そもそも私が神楽舞を舞わせて貰えるかはまだ決まってないからね」と伝える。
「そうね。まずは……お父さんの説得ね」
お姉ちゃんがそう言うので、私は反射的に「お母さんは?」と聞き返した。
すると、お姉ちゃんが「お母さんが反対すると思う?」と返してきたので、私は苦笑しつつ「思わない」と首を左右に振る。
「じゃあ、私もおじさんを説得するのに協力するよ、姫」
力強く請け負ってくれるまどか先輩に、お願いしますと返すと、史ちゃんをはじめ皆も協力を申し出てくれた。
お昼前に家に帰って、お父さんに事の次第を説明しようと言うことになり、私たちは帰路へ着いた。
道を歩きながら、不意にまどか先輩が「ふーっ」と息を吐き出す。
「どうしました、まどか先輩?」
気になって声を掛けると、まどか先輩は私に視線を向け「なんとなく、こういうのが運命かなって思ってさ」と口にした。
神楽復活の使命感と巡り合わせの妙を感じていた私にはとても響く言葉で、思わず「運命?」と返してしまう。
頷いたまどか先輩が真面目な顔で口にした「ほら、さっきの神社がお祭りしてるのは『芸能の神様』でしょ? 神子さんに見初められて、神楽舞いをお願いされるって言うのはもの凄く運命的だと思ってさ……その、姫が舞いの技術を習得できる機会を神様が与えてくれたのかなって思ってさ」という言葉は、なんだか強く心に響いた。




