姉
シャッとカーテンの引かれる音がして、セーラー服姿の少女が顔を出した。
「凛花、大丈夫なの?」
心配そうに私に声を掛ける彼女が、この世界での私のお姉さんだと思う。
「うん、大丈夫そう。心配掛けてごめんね」
そう平然を装って返しながらも、内心ではパニック状態だった。
何しろ、目の前のお姉ちゃん自体は初めて顔を合わせたのだけど、その顔立ち立ち振る舞いは明らかによく知る人そのままだったのである。
現在の私にとってのお婆ちゃん、つまり、京一視点で言うところのお母さん……私のお姉ちゃんとして現れたのは中学生時代の林田良枝だった。
「アンタが無事なら、それで良いのよ」
ぶっきらぼうながら優しく笑むその表情は記憶にある母、現祖母そのままで、何故だか胸がキュッと締め付けられる。
と、同時にいくつかの疑問に説明が付いた。
まずハンカチの名前の刺繍は、お婆ちゃんがしてくれたものだ。
中学生時代と現代という時期的な違いはあれど、同一人物が刺繍した者なら同じになってもおかしくはない。
うろ覚えだけど、お婆ちゃんの生まれは確か昭和49年だ。
この世界の凛花の生まれは昭和51年なので、二歳年上の中学三年生として同じ中学に在籍しているのは当たり前といえる。
ちなみに、お爺ちゃんが婿養子なので、若い頃のお婆ちゃんも当然林田姓だ。
おかしな点があるとすれば、凛花の存在で、お婆ちゃんに兄弟姉妹はいない。
だからこそ、お爺ちゃんが林田家の婿になっているので、ここに間違いは無いはずだ。
そんなことを考えていたら、私の様子を覗っていたお婆ちゃん……改め、お姉ちゃんが顔を近づけてきた。
「え?」
想定しなかった動きに驚く私の耳元に口を寄せたお姉ちゃんが「もしかして、凛花、始まった?」と囁くように問うてくる。
「始まる?」
何を聞いているのかわからずに、聞き返してしまった私に、お姉ちゃんは「生理」と端的に切り返してきた。
言われた瞬間は理解できていなかった頭が、徐々に何を問われたかを理解すると共に、全身がカッと熱くなる。
ブンブンと首を左右に振って「ま、まだ!」と裏返った声で答えた。
お姉ちゃんは「貧血気味って保健の先生が言ってたから……でも、始まるかも知れないから、一応覚悟はしておいた方が良いよ」と真面目な顔で言う。
「う、うん」
どうにか返事をした私に、お姉ちゃんは「それで、一人で動けそう?」と聞いてきたので、私は「大丈夫だよ」と笑顔を見せながら返事をした。
お姉ちゃんはグッと顔を近づけて「うーん」と唸り出す。
その後で「まあ、ウソは言ってないみたいだし、信じるわ」と言ってから顔を離した。
京一の子供時代にも同じように、顔を兆接近させて、信じるかどうか見定めていたなと思い出して、懐かしさとおかしさで噴き出しそうになる。
そんな私の動きを見て、お姉ちゃんは「なに?」とジト目を向けて来た。
もう既に、ホームルームが終わり、放課後を迎え、部活が始まる時間になっていた。
学校全体がざわめきだして、活気が満ちていく。
放課後は、お百合からの情報で所属していると知った剣道部に顔を出してみようかと思っていたのだけど、一日に二度も体調を崩した私にそれが許されるわけが無かった。
部活禁止の上、お姉ちゃんの監視の下、家に帰るようにと保険医の先生に厳命されたのである。
お姉ちゃんにも部活があるんじゃ無いかと主張したのだけど、所属する吹奏学部は、本日は自主練の日らしく、隊長の妹をほったらかしには出来ないと言い切られてしまった。
この世界の私がどんな子だったのかはわからないけど、放っておくと暴走しかねないからと言われたのは、私のせいでは無い筈だ……と、思う。
何をしていたのかはわからないけど、この世界の私は、姉に行動を疑われるような自由人だった様で、教室に教科書や体操服、お弁当を取りに行くだけなのに、ついて行くと言われてしまった。
この世界では姉妹だけど、本来は親子で今や祖母と孫なので、なんだか、父兄参観される気分になりそうなので、どうにか説得して、正門の前で合流と言うことで納得して貰う。
こうして二人で保健室を出た私とお姉ちゃんは、一端、それぞれ荷物を取りに分かれることになった。
教室に戻ると、既にクラスの大半はいなくなっていた。
残っていたのは史ちゃん、ユミリン、お百合、委員長に、加代ちゃん、茜ちゃんと掃除の時のメンバーばかりで、聞かなくても私を待っていてくれたんだろうなというのがわかって、少し目が潤む。
「皆、心配掛けてごめんね」
教室に足を踏み入れるなりそう私が声を掛けると、こちらに気付いた皆がわらわらと集まってきてくれた。
この後、お姉ちゃんと帰ること、正門に待たせていることを伝えると、お百合や委員長、茜ちゃんの部活がある三人は、私のことを任せたとユミリン達に言って教室を出て行く。
「任せておきなさい」
そう胸を叩いたユミリンを中心に、おチビッ子クラブのメンバーである史ちゃん加代ちゃんと四人でお姉ちゃんの待つ正門に向かうことになった。




