サイン
まどか先輩の反応を窺うように上目遣いで見た。
「良いと思うよ」
思いの外あっさりとした返しに、私はキョトンとしてしまう。
まどか先輩はそんな私を見て笑いながら「急に、誘いを掛けたのに、ちゃんと真剣に考えてくれるだけで、嬉しいし、将来にも係わることだから、真剣に考えてほしいと思う……だから、姫が絶対嫌じゃなくて、正直ホッとしてるよ」と言い加えた。
「そうね、即断した方が心配だったかも」
お姉ちゃんがそう言うと、今度はユミリンは「リンリンは勢いに乗せられちゃう性質だからなぁ」と言い出す。
「ちょっと、ユミ吉。乗せられるって言い方はふさわしくないわよ! 期待を裏切れないとか、相手を思って断れないとか、言うべきよ」
なんだか少し怒ったような態度で千夏ちゃんがユミリンに詰め寄った。
「はぁ? 同じ意味だから良いだろ~?」
困惑下に切り返すユミリンだったけど、これに史ちゃんが「凛花様の名誉に関わる発言ですので、言葉選びには慎重を期してください」ととても落ち着いた低めの声で言い放つ。
これにはユミリンも「うっ」と声を詰まらせてしまった。
その後で「言葉選びに気をつけるよ」と返すと、史ちゃんは柔らかな口調で「わかって頂けて嬉しいです」と言って微笑む。
一連の流れを見ていたトシ子さんが、スッと加代ちゃんに近づいた。
「史ちゃんがあんなにはっきり言うなんて、ビックリしたよ」
トシ子さんの言葉に、加代ちゃんは「それだけ、史は凛花ちゃんを尊敬……というよりは、なんか神様みたいにあがめてるんですよ」と返す。
「そりゃあ、スゴイね」
そう口にした直後、トシ子さんがこちらに視線を向けそうだったので、思わず視線を外してしまった。
顔を逸らした私の耳に、トシ子さんの「本当に凄い子なんだねぇ。今のうちに色紙でも書いて貰おうかねぇ」という富んでも発言が聞こえてくる。
「あー」
トシ子さんの発言に、何か気が付いたように手を叩いた加代ちゃんが、軽い足取りで近づいてきた。
加代ちゃんの気配と足音がすぐ近くまで近づいたところで「リンちゃん」と声を掛けられる。
近づいてくるところから気付いていたので、わざとらしくなっていないか、変なプレッシャーを感じながら、どうにか「な、なに、加代ちゃん?」と聞き返した。
「サインは考えてあるの?」
「は……い?」
いや、トシ子さんが色紙の話をしていたから、サインを連想したのはわかるけど、何故それがいろいろ飛ばして『私が考えている』ということになるんだろうという疑問が湧く。
けど、疑問を感じてすぐに、緋馬織にいた時に、そんな遊びをしたことを思い出した。
立案者はマイちゃんだった気がするけど、那美ちゃんが煽って、志緒ちゃんが同意して、ユイちゃんが仕切って、これに、花ちゃんを巻き込んだことで、美術・図工のデザイン課題になったのである。
「やっぱり、サインって皆考えるものなの?」
思わず真顔で返してしまった私に、加代ちゃんは「その反応だと、リンちゃんは考えて無さそうだね」と苦笑されてしまった。
「考えては……ない、こともないかも……」
実際には課題として考えているので、考えてないとは言えず、辿々しくなってしまう。
「あ、あるんだ」
目をパチクリとさせながらサラリと放たれた加代ちゃんの呟きにも似た発言が、なんだかもの凄く恥ずかしくなってしまって、一気に私の体温を上げた。
「あ、あにょ、その、て、提案。あ、遊びの、提案にあって……」
なんだかい言うわけを重ねているような気がして、言えば言うほど恥ずかしくなる。
「あー、そうだよねー、リンちゃん、ごっこ遊びとか、誘われたら参加しちゃいそうだもんね」
加代ちゃんのなんだか温かみを感じる視線に「そうだけど、そうじゃないというか」と中身の無い返しをしてしまった。
完全に挙動不審だと自覚のある私に向かって、加代ちゃんは「とりあえず、わかったよ、リンちゃん!」と言う。
どういうことかと思っていると、加代ちゃんはトシ子さんに振り返って「リンちゃん、サイン考えてあるみたいなんで、色紙、書いて貰えますよ!」と言い放った。
「へっ!?」
辻褄自体はあっているけど、そこに着地しちゃうのと言う驚きで、私は目を丸くする。
直後、千夏ちゃんに史ちゃん、ユミリンに、お姉ちゃんに、お姉ちゃん、先輩までもが、色紙を欲しがって収拾が付かなくなった。
「ごめんね、リンちゃん。つい、お婆ちゃんを喜ばせたくて」
手を合わせて謝る加代ちゃんに、私は「いや、トシ子さんの希望を聞こうとしただけだし、気にしないで」と返した。
他の面々にはお店の中だから、後でということで納得して貰っている。
トシ子さんからも、自分の発言のせいだと謝られてしまった。
これ、お姉ちゃんや皆には色紙を書けば解決すると思うのだけど、トシ子さんにはどうしたら良いのかが難しい。
色紙を渡したら、冗談半分でトシ子さんはいっていたと思うので、それこそ自意識過剰だ。
とはいえ、お店で騒がしくしてしまったのも事実なので、正解がわからない。
そんな私に、リーちゃんが『まあ、この店を利用するのが、一番妥当なのではないかのぉ』と提案してくれたので、それしか無いかなと思い方針を定めた。




