分析と品評
「……たぶん」
私が頷くと、トシ子さんは「でも、サッちゃんの娘さんは一人だったような……」と呟いた。
その発言に、私の心臓がドキッとする。
けど、もしかしたら『種』の影響を受けていない人物なのかもという冷静な推測が、トシ子さんを見極めなければという思考に繋がった。
この世界において、時折、世界の情報が更新されるのは間違いない。
それが何故かはわからないけど、少なくとも私とお姉ちゃんが姉妹だという認識と、この世界のお母さんにはお姉ちゃんしか娘がいないという本来ならば正しい情報は両立しないものだ。
ならば、どちらか、可能性として高いのは私とお姉ちゃんが姉妹だという認識に情報が統一化されると思う。
そう思って観察していると、お姉ちゃんが「もしかして、トシ子さんの知っている幸子さんはうちのお母さんじゃないとかですかね?」と質問を投げた。
「でも、加代ちゃんと同じ中学なら、駅のあちら側におうちがあるんでしょう? なら、私の知っているサッちゃんだと思うんだけどねぇ」
そう言ってトシ子さんは溜め息をつく。
「じゃあ、お婆ちゃんが勘違いしてるんじゃ無い?」
加代ちゃんの発言に、トシ子さんは「そうだねぇ。私の思い違いみたいだね」とあっさり受け入れてしまった。
実際に、私とお姉ちゃんが姉妹だと名乗り、直接面識がないのであれば、トシ子さんの方が記憶違いとなるのが普通だと思う。
ただ、私もリーちゃんも、この世界の外側からやって来て、世界に取り込まれたのを知っているので、トシ子さんの認識の方が正しい事を知っていた。
問題は、皆がいるこの状況で、そこを説明したり、詳しく話を聞いたりというのは難しく、情報収集の機会が失われてしまったのである。
残念に思う私に、リーちゃんは『まあ、機会は他にもあるゆえ、ここは素直に諦めるしか無いのう』とフォローをしてくれた。
「でも、トシ子さん……でいいですか?」
お姉ちゃんの問い掛けに、トシ子さんは「好きに呼んでくれてかまわないよ」と笑顔で頷いた。
「その、お母さんとはどういう?」
首を傾げながら問うお姉ちゃんに、トシ子さんは笑いながら「なに、加代ちゃんと変わらないさ。これでもこのババは長いことここで店を遣っているからね。サッちゃんが良枝ちゃんと同じくらいの頃からお客さんとして知っているんだよ」と答える。
「そうなんですね!」
疑問が消えたからか、お姉ちゃんは表情を輝かせてトシ子さんを見ていた。
「どうかしたかい?」
お姉ちゃんの表情の変化にトシ子さんは首を傾げる。
「いやぁ、なんというかですね。お母さんの知らないところで、お母さんの知り合いに会うのってなんだか変だなと思って」
そう返したお姉ちゃんを見ながら、トシ子さんは「変だと思ってるなら、そう少し複雑な顔をするもんじゃ無いのかね?」と瞬きを繰り返した。
対してお姉ちゃんは「変って、変わってるって、なんだか妙にワクワクしませんか?」と笑みを深める。
すると、お姉ちゃんの答えに笑い出したトシ子さんは「あー、今のセリフと表情で、サッちゃんの娘だと確信したよ」と言って深く頷いた。
「凛花ちゃんは、お父様似なのかね?」
少しお姉ちゃんと会話を交わした後で、トシ子さんは私にそう話を振ってきた。
「そう……ですか? 自分では自覚がないですけど……」
正直、この生活に突入して一週間程度しか立っていないのもあって、自分とこの世界でのお父さんとの共通点はよくわかっていない。
それこそ元の世界だったら、京一お父さんと私は元々は同位置人物だし、似ているかと聞かれれば似てると即答できるけど、ここでは接点そのものが少ないのでそもそも判断に困るところだ。
「ん~~~どっちに似てるかといわれれば、お父さんかも?」
悩みながらも、お父さんの方が似ているとお姉ちゃんは言う。
外の世界から来た本来は存在していない私だけに、どちらにも似ていないからお姉ちゃんも悩んだんだろうと思ったのだけど、ユミリンが「まあ、リンリンは正直どっちにも似てるからねぇ」と意外な評が出てきた。
「え、そうかな?」
思わず驚きで声が出てしまったけど、ユミリンは「まず明るくて、人を引きつけるところはおばさんに似てるでしょ」と言う。
これに、加代ちゃんをはじめ皆が「「あー」」と声を揃えて頷いた。
「歴史とか地理とか好きだったり、いろいろ考えて行動を起こす慎重なところはおじさんに似てると思う」
続くユミリンの上げた共通点に「確かに、凛花は社会か得意よね……かと言って、理科とか数学が苦手ってワケじゃ無さそうだし……」と頷きながらお姉ちゃんが私を見る。
「体育だって、運動神経が良いですし、私にも教えてくれるぐらい理解度も高いです!」
興奮気味に史ちゃんが更に情報を追加したことで、変な流れが生まれてしまった。
加代ちゃんが「お料理の手順も良いし、包丁の使い方も上手だったよね」と言い出す。
「おやおや、さすが姫様。オール5確実ですかな?」
まどか先輩がおちゃらけた言い方でそう言い放つと、皆から「「おー」」という声が上がって、一気に恥ずかしさで身体が熱くなった。




