教室探し
まず、自分の教室に辿り着くために、校舎の教室配置の把握が必要だと考えた私は、目を出現させた。
球魂で校舎内を浮遊すると、戻るまで体を動かせなくなってしまう。
洋式のトイレなら便座に腰掛けていれば、意識が無くても大丈夫だけど、和式ではそうはいかないし、何より今は授業中だと思われるので、校内を見回っている警備員さんに声を掛けられるかもしれないと考えるとすぐに反応できないのは、いろいろと問題が起きそうだ。
そこで、私は偵察用の目を産みだして、飛び回らせる。
志緒ちゃんとの研究で、オートマッピングの機能が付けてある代物だ。
ただ、それにはオリジンとのリンクが必要なのだけど、いつも手助けをしてくれるリンリン様の反応が無いので、付属機能は使えないかもしれない。
それでも、私自身が校舎内を徘徊するよりは目立たず情報収集が出来るので、他の選択肢は無かった。
目を閉じて、四角だけを霊力で生み出した目に移した。
同調の具合を確かめるために、私自身の体を見て、精度を確認する。
鏡よりも客観的に、私の身体の状態を見てチェックしてみた。
スカート丈、セーラー服のライン、スカーフとリボン、それにソックスの丈と、見た目の違いはさっき確認した通りで、髪の色も黒のままだし、狐耳や尻尾が生えたりはしていない。
全身を確認し終えたところで、私は早速トイレの外に向かうことにした。
見覚えが無いと思っていたけど、校舎のおおよその形は、私が通っている中学と変化はなさそうだった。
プールが無いのと、体育館の形が違う。
他にもグラウンドが広くて、専門棟と言われていた理科室や美術室、調理室などが入った校舎が無かった。
校門にはスライド式のもの凄く重厚な門があって、その代わり時計塔の付いた噴水は存在していない。
私の記憶と重ね合わせると、やっぱり、ここは昔の中学校みたいだ。
こうなってくると、私が過去の世界に迷い込んだという仮説はかなり核心に近いんじゃ無いかと思う。
私は、ざっくりとした外観の確認を一端終わりにすると、クラス探しに移った。
教室が入っているであろう校舎は三棟、南棟と中央棟が三階、北棟は少し変則的で、東側の半分が四階、西側が三階になっている。
各校舎は西側の一階、屋根しか無い渡り廊下と、それぞれの棟の真ん中を繋ぐ一階と二階、二階建ての渡り廊下が繋いでいて、この形は現代と同じだった。
私が目を覚ました保健室は北棟の1階で、立てこもっているトイレは中央の渡り廊下横に設置されている。
今、現在の教室は南棟の一階に一年、二階に二年、三階に三年となっているが、どの学年も3クラスしか無いので、少なくとも6クラスもあるこの時代の配置がどうなっているかはちょっと予測が立たなかった。
そんなわけで、まずは元の教室があった南棟から確認してみることにする。
上空から南棟へ移動させた目を、最上階である三階の廊下側から侵入させた私は、目の前の教室に欠けられたプレートを見て、思考が止まった。
「まさか、目の前に『1-F』があるなんて……」
思わず人いり毎を呟いてしまった。
とはいえ、目的を達せた事には違いない。
向かうべき教室は見つけられたので、そのまま中の様子を覗ってみることにした。
教室には、横6列縦7列の制服姿の子達が座っていて、スーツ姿の年配の男性が黒板に、白いチョークを使って方程式の説明をしていた。
まず、42人も生徒がいること、男女バラバラでは無く、男子の列、女子の列と座り分けられている。
ホワイトボードやタブレットが無い時代なので、黒板主体なのは当たり前かなとは思っていたけど、席の座り方にも特徴があるとは思っていなかった。
そんな中で、一番廊下側の女子の列の一番後ろの席が空いている。
多分、私の席の筈だ。
とりあえず、保健室から教室に戻るのに時間を掛けすぎても妙な誤解を生みかねないので、状況から導き出した私の席に向かうことに決めて、少しもったいないかもしれないと思ったが、便器に水を流す。
入口すぐの手洗い場で手を洗ってスカートのポケットから取り出した白いハンカチで手を拭いた。
手を拭きながら、私は改めて自分の身に説明の付かないことが起きていることを実感する。
元の世界で、私が持っていたハンカチはピンクや、淡い黄色、水色など、淡い色で、その中に白はなかった。
なのに、今使った白いハンカチには、私の名前である『リンカ』の刺繍がある。
ミシンでの機械的なものじゃなく、凛花のお婆ちゃんの手芸によるものなので、文字の癖が出るのだけど、記憶にある元々のものと違いはなさそうだ。
制服からインナーに至るまでまるっきり入れ替わっているのに、元の世界の名残があるハンカチが気になって仕方が無いけど、今、ここでこれ以上の情報は掴めないので、諦めて教室に向かうことにして廊下にです。
トイレに来るまでは意識してなかったけど、改めて顔を出したろうかは授業中特有の静けさがあって、異世界にやってきたという感覚が強まった気がした。