工事の影響
「駅の工事かー」
呟くように言う加代ちゃんに、私は「何か、気になることがあるの?」と聞いてみた。
「気になるというか、どんな感じになるのか想像が付かなくて……」
私はなるほどと思って頷きながら「確かに気になるね」と言いながら、自分が完成図というか、完成するであろう建物を知っていることに気付く。
教えて上げたいなとは思うものの、説明のしようが無いので、なんだかもどかしかった。
「気になるなら後で役所に行ってみましょうか」
不意にお姉ちゃんがそう提案してくる。
「なんで、役所?」
私が首を傾げると、お姉ちゃんはニッと笑って「模型があるのよ、新しい駅の模型」と教えてくれた。
「え、そんなのがあるの!?」
驚く私に次いで、ユミリンが「それは見たい!」と希望し、他の皆にも同調の波が広がっていく。
そんな中で、まどか先輩が加代ちゃんに「どうかな、いけそうかな、加代ちゃん?」と優しい口調で問い掛けた。
加代ちゃんは大きく頷きながら「もちろん大丈夫です!」と答えてから「ただ、私はその模型のことを知らなくて、その……」とお姉ちゃんに視線を送る。
お姉ちゃんはその眼差しだけで全てを察したように頷くと「もちろん、模型の方は私が案内するわね」と胸を叩いた。
加代ちゃんは胸に手を当てるとフォトとしたように息を吐き出してから「ありがとうございます、お願いします!」と頭を下げる。
お姉ちゃんは「任せて頂戴」と返した後で「ちなみにだけど、適材適所、やれる人がやれることをして支え合う。これはウチの部活の精神でもあって、こうして出来る事を自分で伝えて、お互いに補い合うことを理想としてるから、皆、覚えておいてね」と言い加えた。
私がなるほどと思いながら「はい」と答えると、意図せず一年生全員の声が重なる。
偶然ながら、一致団結できた気がして、なんだか少し胸が弾んだ。
新しい駅舎の完成予想模型があるという役所は、当初、加代ちゃんが目的地にしていた百貨店より更に遠い場所にあるので、先に手前の百貨店に向かうことになった。
その通り道で、駅の線路を挟んだ反対側にやって来たのだけど、普通にバスやタクシーの並ぶロータリーがあるだけで、工事が始まる気配はほとんど無い。
唯一それらしいのは、工事を伝える案内の張られた看板ぐらいで、新駅舎と駅ビルが建設される旨が説明されていて、その間ロータリーが移設されて仮設される旨が書かれていた。
その内容に従って、仮設ロータリの方に目を向けてみると、なんだか金属製の壁で囲まれた一角が見える。
「どうしたの、凛花?」
私の視線に気付いたお姉ちゃんが声を掛けてきた。
「あ、お姉ちゃん」
反応している間に、私の視線を追ったお姉ちゃんは「ああ、アレが今の工事現場。ウチの学校は駅の反対側だから学校からあんまり言われてないけど、工事車両も出入りして危ないから、用も無いのに近くを通らないようにって、駅のこちら側にある学校は指示が出てるみたい」と教えてくれる。
ユミリンが「駅のこっちには来ないから、全然知らなかったわ」と言うと、お姉ちゃんが「まあ、私たちの家の方は、駅本体の工事が始まるまでは、影響が出そうに無いからね」と言ってから「始まってからもそんなに無いかもね」と苦笑した。
私は「加代ちゃんと史ちゃんは影響あるんじゃ無い?」とさっき駅が近いと聞いた二人に尋ねてみる。
すると、史ちゃんが「ウチがあるあたりは道路が狭いので、工事用の車とかは走らないんじゃ無いかなと思います」と答えてくれた。
次に加代ちゃんが「でも、大きな道を工事車両が走り出すと、迂回する車が出たりするって、おじいちゃんが言ってた……かも」と言う。
「なんで、疑問形?」
思わず聞いてしまった私に、なんだかバツが悪そうな顔で加代ちゃんは「ちょっと、聞き流してて」と左右の指をもじもじとクロスさせながら理由を教えてくれた。
ここで、史ちゃんが「加代のお爺ちゃんは自治会の理事なので、もの凄く真面目なので……」と情報を付け加える。
ただ、史ちゃんとしては、先を言い難かったのか、話を途中で途切れさせた。
そんな史ちゃんの代わりに先を予測したユミリンが「あー、口うるさいんでしょ」とズバリと指摘する。
これに、加代ちゃんも、史ちゃんも、気まずそうに視線を逸らすが、否定も肯定もしなかった。
「ま、まあ、可愛い孫が心配で口うるさくなるのは仕方が無いことだよ……あ、あと、やっぱり、心配して貰えるのはありがたいけど、いつも話が長いと、困っちゃうよね」
私がそう言うと、史ちゃんと加代ちゃんは黙ったまま、表情を明るくして、二人で私の左右の手を包み込むように握る。
直後、まどか先輩が「さすが、姫、実感がこもってるね」と言いだし、お姉ちゃんが「り、凛花、もしかして迷惑だった、私!?」と狼狽し始めてしまう。
「お姉ちゃん、私そんなこと言ってないよね!? あくまで一般論だよ、ウチのはなしとか言ってないでしょ!」
目眩でもしたかのようにふらつくお姉ちゃんに、そう訴えかけると、ピタリと踏み止まってくれた。
そして「じゃあ、凛花は私が迷惑じゃ無いのね?」とお姉ちゃんは不安に満ちた表情と上目遣いで問い掛けてくる。
私はややこしくしないためにも恥ずかしい気持ちを心の奥底に押し込んで「お姉ちゃんが迷惑なわけ無いよ。いつも支えてくれて、凄く助かっているし……そ、その……お姉ちゃんがお姉ちゃんで嬉しいよ」と多少辿々しくなりながらも、素直な気持ちを伝えた。