最後の一人
「んあ?」
まどか先輩の大爆笑で、目を覚ましたらしいユミリンがむくりと起き上がった。
それに気付いたまどか先輩が、口を手で押さえてピタリと笑い止む。
周りを見渡すユミリンは、しばらくして意識がしっかりしたようで、私を見ながら「おはよう、リンリン」と柔らかな笑みを浮かべた。
普段勝ち気で強気なところを見せているユミリンの柔らかな表情は、かなりの破壊力があるなと思いながら「おはよう、ユミリン」と返す。
「ユミちゃん、おはよう」
私の横から顔を出した加代ちゃんが挨拶をすると、ユミリンは「かよっぺもおはよう」と過去売りと頷いた。
続いてまどか先輩が「申し訳ない。私が爆笑したせいで起こしてしまったね」と謝罪する。
ユミリンは少し呆けたように居間の壁に掛かっている時計を確認してから「問題ないです」と頷きながら返した。
まどか先輩は苦笑気味に「なら、よかった」と口にしてから「ユミちゃん、おはよう」と挨拶を口にする。
「おはようございます、先輩」
ちゃんと敬語で返したユミリンは頭を下げた後で、大きなあくびをした。
「え、ユミリン、眠いなら、もう少し寝てれば?」
目を閉じて頭を掻いているユミリンにそう告げる。
「んー、大丈夫」
ユミリンはそう言うと、掛けてあった布団をはいで、そのまま大きく腕を振るって、後転でもするかの勢いで後ろに倒れ込んだ。
首が布団に触れたところでピタリと回転を止めたユミリンは、今度は前転の要領で前に転がり出す。
両手で少し布団を突き放すように身体をハネさせた直後、両足でしっかりと着地をして、回転の勢いのまま、その場で立ち上がった。
布団の上で仁王立ちになったユミリンは「よし、起きた」と呟くと軽く方や足首を回して感触を確かめる。
一通り確認を終えたユミリンは、私に視線を向けて「んじゃ、顔洗ってくる」と笑顔で宣言して見せた。
「起きてすぐあんなに動けるなんてスゴいなぁ」
ユミリンが出て行ったろうかを見ながら加代ちゃんは思わずと言った感じで感想を口にした。
私も「そうだね。スゴイ動いてたね……体操選手みたい」とコクコクと頷く。
「私も羨ましいと思ったよ」
同じ事が出来そうなまどか先輩が、しみじみと言うので、ユミリンの動きはかなりスゴいようだ。
「動きもそうだけど、音や振動が少ないのがスゴイよ」
自分が感心したところをまどか先輩が言葉にしてくれたところで、言われてみればと言った感じで、私にも凄さの輪郭が見えてくる。
そうして、まだ丸まったままの史ちゃんに視線が向いた私は「……確かに、史ちゃんを起こさなかったですね」とまどか先輩に頷いた。
けど、加代ちゃんが「あー、史は特別朝弱いから……まあ、ユミちゃんが動きがスゴかったって言うのもあるけど、単に史の眠りが深いだけかも」と言うので、顔を見合わせたまどか先輩と私は、何故かお互いに噴き出してしまう。
「ん?」
何故私たちが笑い出したのかわからなかったのであろう加代ちゃんが、疑問の声を上げたけど、私と、きっとまどか先輩もなんとなく噴き出してしまっただけなので、残念ながら説明することは出来なかった。
顔を洗いに行ったお姉ちゃんと千夏ちゃん、ユミリンが戻ってきたところで、自然と視線がまだ眠っている史ちゃんに集まることになった。
私たちは誰からとも無く視線を交わし合う。
布団は居間に引いてあるため、朝食を摂るにしても布団を片付けなければならなかった。
史ちゃんを寝かせておいて上げたいなと思ってしまった私には、起こすのが忍びない。
そんな事を思っていると、すくっと立ち上がった加代ちゃんが、スタスタと史ちゃんの布団に近づいていって勢いよく布団を剥ぎ取った。
「んーーー」
布団を剥ぎ取られた史ちゃんは、なんだか不快そうに声を漏らした後で、一層小さくまるまある。
完全に小動物のような動きだけど、どうやら加代ちゃんの情報通り、かなり朝が苦手の様だ。
「史、朝だよ」
ペシペシと脇腹あたりを叩く加代ちゃんの手を「んーー」と唸りながら史ちゃんは自らの手で払う。
「これはなかなか強敵ね」
加代ちゃんの手が離れた瞬間、また丸まってしまった史ちゃんを見ながら、お姉ちゃんがそう感想を呟いた。
「なんか、小動物みたいで可愛い」
千夏ちゃんは口元に手を当てて覆いながら呟く。
「どうする? もう少し寝かしておく?」
皆に確認するようにユミリンが尋ねると、まどか先輩は「もう少し寝てても良いとは思うけど……」と時計に目を遣った。
片付けや朝ご飯を考えても、着替えて出かけるのは、お店の開き始める十時には間に合いそうなので、もう少しこのままでも良いかと私は思う。
けど、一番史ちゃんを理解しているであろう加代ちゃんが「いや、起こした方が良いと思う」と言うので、一気に起こす方向にはかりは傾いた。
とはいえ、布団をはいでも、叩いても寝続けている史ちゃんに有効な方法があるのかという課題もある。
そんな事を考えていると、再び立ち上がった加代ちゃんが今度は頭の近くに座り込んで、史ちゃんの耳に何事か囁いた。