無自覚と認識
「もぉ、リンちゃんは、大袈裟すぎるよ」
自分の掌で顔を仰ぎながら、加代ちゃんは唇を尖らせた。
普段よりも幼く見える仕草が可愛らしい。
もしかして、今の行動が素に近いとしたら、より心を開いてくれたんじゃ無いかト思ってしまった。
自称人見知りの加代ちゃんが、素に近い部分を見せてくれたなら、それはとても喜ばしい。
加代ちゃんに『近づけたみたいで嬉しい』と伝えたくて仕方なくなったものの、ここで口に出してしまえば、無自覚の悪意に発展し舞うかもしれないと考えて踏み止まった。
ただ、無理矢理自制したせいか、加代ちゃんは違和感を覚えてしまったらしい。
「なに? 何か言いたいそうだけど……?」
警戒の籠もった上目遣いで私を見た加代ちゃんに、私は「言って……大丈夫かな?」と、つい聞いてしまった。
どちらかというとリーちゃんに確認する言葉だったけど、加代ちゃんは警戒マックスながら、すぐに「き、気になるから、言って欲しい」と言われてしまう。
こうなれば言わない方が良くないので、簡潔に嬉しかった理由を伝えることにした。
「そ、そんなに、違って感じたの?」
素を見れたみたいで近づけた気がしたと伝えた加代ちゃんは、両手で頬を包み込むように、顔を手に当てて困惑してしまった。
どうも、自覚がないようなので、ここを強く言ってしまうと、良くないとこれまでの経験で推測した私は軽く首を振りながら「普段とそんなに変わらなかったよ」と伝える。
「でも、少しの変化がわかるってことは、それだけ近づけたかなって思えたんだよ」
おかしくならないように言い回しを考慮した会心の発言だったのに、加代ちゃんからは呆れたような目を向けられてしまった。
「え!? なに、加代ちゃん?」
思わず出た問い掛けに、加代ちゃんは軽く溜め息を吐き出してから「なんでもないよー」と言う。
「何でも無いこと無いよね!?」
踏み込んだ私に、加代ちゃんは「まあ、自覚はした方が良いよ。女の子相手なら、まだ良いけど……」と言ったところでピタリと動きを止めた。
「加代ちゃん?」
妙なアクションにどうしたんだろうと思っていると、加代ちゃんは真剣な顔を私に向けてくる。
「……いろいろマズイかもしれないね」
「はい?」
頭の中に疑問符一杯の私に、加代ちゃんは「ちゃんと自分の行動を振り返ってよく考えないと大変なことになると思うな、私は」と、リーちゃんに言われたような指摘をされてしまった。
加代ちゃんと居間に戻ってくると、お姉ちゃんと千夏ちゃんが起きたところだった。
目を擦ってる千夏ちゃんを確認した後で、残る二人を見てみれば、ユミリンも、史ちゃんも、まだ寝ている。
ユミリンは布団に手足を投げ出した大の字なのに対して、史ちゃんは布団の中心でリスのように小さく丸まっていた。
対照的な二人の寝方に思わず笑みがこぼれる。
「どぉじだのぉ、凛花ぢゃあん」
寝起きだからか、掠れ気味の千夏ちゃんの声にビックリした私は「千夏ちゃん、水飲もう、声がカサカサだよ!」と言いながら立ち上がった。
台所に欠けると既に朝食の準備をしてくれているお母さんと遭遇する。
千夏ちゃんのことを伝えてコップに水をついで貰った私は零さないように気をつけながら居間に戻って、千夏ちゃんに差し出した。
「ありがどぉ」
千夏ちゃんは水を受け取るなり、コキュコキュと喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
だいぶ喉が渇いていたみたいだ。
もしかしたら皆を起こさないように気を遣って我慢していたのかもしれない。
そんな事を考えながら見詰めていると、千夏ちゃんは私の視線に気が付いて「凛花ちゃん、ありがとう」とお礼を言ってくれた。
「コップ持っていくよ」
そう言って手を差し出したのだけど、千夏ちゃんは「自分で持っていくよ、ありがとう」と言って立ち上がる。
続いてお姉ちゃんが「私は、顔を洗ってくるわ……あと、歯みがき」と言って立ち上がった。
「あ、私もついていって良いですか、良枝先輩」
千夏ちゃんがそう尋ねると、お姉ちゃんは「もちろん。お母さんに挨拶してから行きましょう」と頷く。
二人が居間を出ていったところで、ストレッチをしていたまどか先輩が「よし」と呟いた。
その声に、私と加代ちゃんが視線を向けると、まどか先輩は「あー、一通り朝のストレッチが終わっただけ」と苦笑する。
「お疲れ様です、まどか先輩」
私がそう言うと、加代ちゃんも「お疲れ様です」と続いてまどか先輩に声を掛けた。
すると、まどか先輩はなんだかおかしそうに笑い出す。
どうしたんだろうと思った私と、恐らく同じ感想を抱いたのであろう加代ちゃんは、思わず顔を見合わせた。
それもおかしかったのであろうまどか先輩は、お腹を抱えて笑ってから「いや、週刊を熟しただけなのに、可愛い女の子に労って貰うと嬉しいものだなって思ってね」とウィンクする。
その瞬間私は頭に浮かんだ「誰彼構わず、そういうこと言っていると、本気にしちゃう子が出ちゃうかも知れませんよ」と警告した。
すると、そんな私に、加代ちゃんが「リンちゃんがそれを言うの!?」と口にしながら目を丸くする。
それを見たまどか先輩は大爆笑を始めてしまった。