真剣勝負
皆の目が真剣だった。
鋭く目の前の相手を睨み付け、指の動きで惑わしながら反応を窺う。
まさに気迫と気迫のぶつかり合いだった。
どうして、私たちがそんな状況に陥ったかと言えば、簡潔に言えば、お風呂の順番が決まらなかったからである。
そして、私の目の前で戦う皆の手にはトランプが握られていた。
そう、順番の決まらない私たちを見かねて、ババ抜きによる順番決めをお母さんが提案して、それを皆が呑んだ形である。
しかもこれはペア決めで、私は三人になる回のどこかに引き取られることになってしまったので、トランプにも参加していない……というか、一応名ばかりの審判だ。
と、それだけでは面白くない。
主に観ているだけの私が……なので、未来の知識を総動員してルールの追加を行うことにした。
一人ずつ相手からカードを引く、引いたカードと手札でペアが出来れば、それをゲームから除外する。
抜けた順に自分のお風呂の順番を選ぶことが出来る……ここまでは普通のババ抜きなのだが、一巡に一回、私がランダムにサイコロを振って状況をかき混ぜることにした。
出目によってお邪魔の内容が変わる。
1が出れば左隣の人に自分のカード全部を渡し、2が出れば右隣の人に自分のカードを全部渡すという全交換、3が出ればJOKERを持っている人は相手を指名して、JOKERを押し付けることが出来ることにした。
4が出たら時計回りだったら反時計回りに、反時計回りだったら時計回りにカードを引く順番を変える。
5が出たら私がもう一度サイコロを振った目の数と同じ組数のカードを、カードが少ない順に配り、
6が出たらそれが多い順になるのだけど、持ち枚数が同じ場合は、私が候補者からサイコロで決めさせて貰うことにした。
ちなみに、5、6の出目でカードが揃った場合、ペアを除外することが出来て、上がることも出来る。
これで同時に上がった場合は、お風呂選択順は私がカードを手渡した順になるのだ。
「凛花、よく思い付くわね」
私の追加したルールに、お姉ちゃんは少し驚いたようだ。
「私もなんか参加したくていろいろ考えてみただけだよ」
緋馬織でトランプ遊びに飽きてきたところで、志緒ちゃんが投入したルールで、もともとはテレビ番組か何かのルールをアレンジしたとか言っていた気がする。
なので、ほんの少し罪悪感というか、心苦しいところがあるのだけど、まあ、遊びだし、きっと志緒ちゃんなら許してくれるはずだ。
それに、私の友達の考えてくれた追加ルールを楽しんで貰いたいとも思う。
というわけで「それじゃあ、皆様、始めますよ?」と宣言してからシャッフルしたトランプを一枚ずつ配り始めた。
スタート地点の残り枚数は、一番少ない史ちゃんが三枚、まどか先輩、加代ちゃんがそれぞれ五枚、お姉ちゃんが六枚、千夏ちゃんとユミリンが仲良く七枚だった。
私はペアになったトランプを裏返して、ペア毎に二枚重ねて置いておく。
追加の際にここからランダムに配り直すので、組み合わないカードを追加しないための下準備だ。
「それじゃあ、枚数の多い千夏ちゃんとユミリンがジャンケンして、勝った方が、ゲームの起点、一番最初にカードを取る人ね?」
私のルール補足に皆が頷いてくれたのを確認してから「そこから最初は時計回りにカードを引いていって、一周したらサイコロ振って追加ルールを発動します」とサイコロを見せながら続ける。
ちなみに並びは、お姉ちゃんから時計回りに、千夏ちゃん、史ちゃん、加代ちゃん、ゆみりん、まどか先輩の順で並んでいた。
「じゃあ、私からだな!」
「くぅ……」
まだ前哨戦とはいえ、ジャンケンの相手がユミリンだったからか、千夏ちゃんはもの凄く悔しそうだった。
とはいえ、真剣勝負なので仕方ないとしか言えない。
私は勝ったユミリンに「それじゃあ、ユミリンはまどか先輩から一枚引いて、次はまどか先輩がお姉ちゃんからね」と、念のため順番を伝えた。
ルールを足したとはいえ、ベースはババ抜きなので、流石に仕切りすぎかなとも思ったのだけど、皆は不満を口にすることなく、カードに集中し始める。
こうして、真剣勝負が幕を上げた。
一周を終えて、カード枚数を減らしたのは、意外にも枚数の少なかった史ちゃんとお姉ちゃん、それに千夏ちゃんの三人だった。
そんな中、私がサイコロを振る。
皆が行方を見詰める中、サイコロはピタリと止まり、その目は『3』だった。
「えーと、3って何だっけ?」
頭を掻きながら言うユミリンに、私は「JOKERの移動だね。持っている人は、指名して渡すことが出来るよ」と告げてから、皆を見渡す。
すると、千夏ちゃんがにんまりと笑って「由美子さ~~~ん」ともの凄く可愛らしい声でユミリンに呼びかけた。
それだけで場の全員が……観戦してるお父さんとお母さんも含めた全員が何が起こるかを察する。
「私から、これを贈呈いたしますわ」
ニコニコしながらカードを一枚手渡す千夏ちゃんは得意顔で、受け取ったユミリンは「くっ」と悔しげな声を漏らした。