夕飯
「ふぇ?」
意識せずに返したせいで、だいぶ間の抜けた声になってしまったけど、そのせいか、千夏ちゃんの表情がより真剣な物になった。
「だって、凛花ちゃん、汗だくだよ?」
言われて自分の腕を確認してみたけど、特にそんな様子は見られない。
そのまま胸元から下へ向けて足先まで見たけど異変は無かった。
ただ、おでこに髪が張り付いた感触があって、慌てて顔に触れるとジットリと濡れている。
「あー、顔だけみたい……辛いわけじゃ無くて、代謝が良くなったんだと思う」
私の発言に困惑した表情で、千夏ちゃんが「たいしゃ?」と聞き返してきたので、自分なりの知識で答えた。
「えっと、カレーっていろんな香辛料が入ってるでしょ? その中でも発汗作用のあるものがあって、それに促されたんだと思う」
それなりに説明できたと思ったのだけど、上手く伝わらなかったようで、千夏ちゃんの困惑は抜けない。
なので、腕や脚を見せて「ほら、汗掻いてるのは顔だけでしょ? だから、全然大丈夫」と無事を強調した。
「そ、そうなのね。大丈夫なら良いんだけど……」
ようやくわかってくれたのか、千夏ちゃんは苦笑気味の表情を浮かべながら頬を赤らめた。
「飲物は何がいいかしら? お水、牛乳、紅茶やお茶もあるわよ」
お母さんの問い掛けに、まずまどか先輩が「私は水を貰っても良いですか?」と答えた。
「じゃ、私も、水でお願いします」
まどか先輩に続いてユミリンもそう宣言したところで、後続の気配が耐えてしまう。
視線からして、私の様子を覗っているみたいだ。
なので、私は「お母さん、私は牛乳が良いかな」と希望を告げてみる。
これで皆も自分の希望をいってくれるかと思ったのだけど、何故か私を見たままだったので、追加で選んだ理由も言ってみることにした。
「牛乳って、辛みを和らげる効果があるらしいよ」
私の説明を聞くと、千夏ちゃん、史ちゃん、加代ちゃんが続けて『牛乳』を選ぶ。
どうやら、三人はカレーをちょっと辛いかと思ってたみたいだ。
私の追加説明で牛乳の効果を知って、選んだんだと思う。
身体はともかく、精神的には年長者な私としては、良い仕事をしたんではないかと少し誇らしい気持ちになった。
夕飯はお父さんの帰宅を待って、皆で揃って始めることになった。
かなりの大人数になっていた事に、お父さんは少し驚いてはいたけど、温和な笑顔を浮かべて『凛花と友達になってくれてありがとう』と、史ちゃん、加代ちゃんを中心に言ってくれたのが、なんだかスゴくくすぐったくて、でもとても嬉しい。
お母さんほど話をしたわけでもないし、実際には親子では無いけど、それでも、家族として行ってくれてるのが伝わる言葉に胸がじんわり温かくなった。
食事中はテレビなどは付けず、家族で語らい合うのが林田家の伝統なので、様々な話が飛び交うことになった。
中でも驚いたのが、今日のカレールウが市販のものではなく、お父さんが香辛料を調合して、小麦粉で固めたものだという話である。
正直、私も初耳で驚いたのだけど、加代ちゃんが大興奮で詳しい話を求めて、お父さんが快く応じたことで、私はその会話に紛れるて、驚きを隠すことが出来た。
ちなみに、お父さんは本場インドで香辛料を学んだだけで無く、イギリス風のアレンジも実食したことがあるらしい。
正直、元の世界でもそんなに詳しく知っているわけじゃ無かったので、そうだったのかと知ることが多かった。
その都度、料理が絡めば加代ちゃんが、歴史的な品物の話などは史ちゃんが大きく反応をするので話は盛り上がる。
お陰で、この世界では自分の親なのに何も知らないという状況は、こっそりと改善することが出来た。
「おじさま、スゴイです!」
目を輝かせる史ちゃんに、お父さんは「たまたまさ……でも、運は良いね」と返した。
「可愛くて優しい妻や娘に恵まれ、その娘の友達は皆良い子ばかりだ。私は自分の好きなことに関連した仕事をしているし、上手い具合にそのためのスキルを身に付けることも出来た。こうして皆の前で話を出来る幸せをいつも噛みしめているよ」
穏やかな笑みを浮かべながら語るお父さんの言葉に、誰からとも無く拍手が起こる。
そして、自分は何故元の世界でこれほどのお手本が身近にいたのに、疎遠にしてしまったのかというなんとも言えない後悔の念で一杯になった。
「少しかっこつけたかもしれないね」
拍手を恥ずかしそうに受け止めたお父さんは「そう言えば、風呂はどうするんだね?」と話題を変えた。
これを切っ掛けに、嵐が巻き起こる。
お父さん、お母さんを除いても、お姉ちゃん、まどか先輩、ユミリン、千夏ちゃん、史ちゃん、加代ちゃん、それに私の七人もいるわけで、流石に一人一人では時間がかかって仕方が無いのだ。
つまり、時間短縮のためにも最低二人組、多いところは三人というところまではスムーズだったのだけど、誰と誰が組むのかが問題だったのである。
それぞれが主張し合った結果、何故か私と皆が一緒に入りたがるというありがたいのか、困るのか、判断しがたい状況に陥ってしまったのだ。