帰路
「加代ちゃん、ごめんなさいね。必死になりすぎてしまったわ」
お姉ちゃんの謝罪に、加代ちゃんは大きく左右に首を振りながら「いえ、大丈夫なので、気にしないでください」と返した。
ここで、まどか先輩が「良枝も悪気は無いんだ……自分の影響力をしっかり把握してないんだよ……ほら、妹さんと一緒で」と言う。
聞き捨てならない発言をされたんじゃ無いかと思ったタイミングで、こちらを見た加代ちゃんが真顔で「なるほど、そうですね」と頷いた。
「え!? 納得された?」
思わず声を上げた私に、ユミリンがヤレヤレと言わんばかりのお手上げポーズで「リンリンは自覚無いからなぁ」と言ってくる。
少し腹立たしく思いながら「そんなこと無いと思うけど」と私は抗議した。
けど、何故か同意してくれる人が現れない。
絶対的に見方をしてくれそうな史ちゃんですら視線を逸らした。
「え……」
突きつけられた事実に言葉を失ったところで、ポンと肩が叩かれる。
振り返って、叩いた人物を確認すると、それはお姉ちゃんだった。
「ま、まあ、私は凛花と似てるところがあるのは嬉しいわよ?」
少しぎこちないけど、お姉ちゃんは苦笑気味に笑ってくれる。
私は少しくすぐったいものを感じながらも、確かに似ているところ、受け継いだところがあるのは嬉しいなと思って「……そうだね」と頷いて同意した。
すると、お姉ちゃんは私を両腕で抱き寄せて「自覚はこれから改めていきましょう」と言う。
「そうだね」
お姉ちゃんに身を任せながらそう答えると、お姉ちゃんは「私の無自覚が凛花ちゃんバリだとするとだいぶ意識しないと駄目そうだわ……お互い」と呟いた。
「本当は、明日、駅前に行くついでに手芸屋さんとか行ってみようかと思ってたんですけど、あの、それで、皆で何か小物を作れたらって思ってたんですけど、それで、材料を買って……」
加代ちゃんは少し緊張しているせいか、話が辿々しくなってしまっていた。
でも、ちゃんと言いたいことは伝わっているし、こういうタイミングで茶々を入れない方が良いと心得ているのであろうまどか先輩が、発言を遮るものが出ないようにハンドサインで制止を掛けている。
よく人を見ているし、気遣いの人だなぁと、私は心底感心した。
「……と、思ってるんですが、その、どうかな、皆?」
加代ちゃんがそう締めくくると、私たちはほぼ同時に賛成した。
料理だけじゃ無くてお裁縫も得意で好きな加代ちゃんは、皆で何かを作りたいという気持ちが強かったみたい。
それは説明の言葉にも滲んでいたし、丁度流れが衣装作りに向いていたのもあって、反対する人はでなかった。
むしろ、問題だったのは、話が飛躍しすぎてしまったことである。
まずはお姉ちゃんが「えっと、小物も良いけど、私は凛花ちゃんにお洋服を作って上げたいのだけど!」と言い出した。
これに史ちゃんと千夏ちゃんが、我も我もと賛同する。
そうなると、三人は勢いづいてしまい、一端収まったはずの私に似合う衣装の話に発展してしまった。
ワイワイと盛り上がる衣装談義には、いつの間にかユミリンも参加していて、コーデ内容の披露をし始めていた。
加代ちゃんはどこから取り出したのか、手に収まるサイズの小さなメモ帳に速記で書き留めている。
口元に笑みが浮かんでいるので、加代ちゃんはメモをとるのも楽しいみたいだ。
この輪に加わらなかったまどか先輩は、周囲に視線を飛ばして安全を確認してくれている。
皆の歩く場所が道路に移ってからは、より動きが細かくなった。
そんな風に周囲に注意を払ってくれているまどか先輩を観察していると、時々目が合う。
まどか先輩はその度に微笑みを見せてくれた。
その姿に私の中で『豪快な先輩』だったまどか先輩の印象が『優しくて思慮深くてとっても頼れる人』に:変わっていく。
皆が楽しい時間を過ごせるようにと、気を使える姿にすっかり感動してしまった私は、まどか先輩に歩み寄って、こっそりと耳打ちで、今思ったことをそのまま伝えた。
大袈裟に喜んでくれるかと思ったのだけど、まどか先輩は「姫……は、姫だね」と謎の言葉を口にして、顔を逸らしてしまう。
ただ、表情は見えなくとも、まどか先輩の耳が少し赤くなっていたので、照れさせるくらいには響いたようだ。
なんだかそれが嬉しくて、私は余計な言葉を口にしてしまう。
「ところで、皆は服を作った経験はあるの?」
そう尋ねた直後、もの凄く盛り上がっていたお姉ちゃん、史ちゃん、千夏ちゃん、ユミリンがほぼ同時に会話を止めた。
メモをとっている加代ちゃんの鉛筆の音がよく聞こえるほど、シンとした後でお姉ちゃんが「だ、だ、だ、大丈夫! 覚えるから!」と動揺がわかる震えた声で宣言する。
「り、凛花様の侍女として、きっちりこなせるようになって見せます!」
「凛花ちゃんにっ! 手作りのお洋服を着て貰うためならっ! どんな修行もこなしてみせるよっ!」
史ちゃんの宣言にも動揺が混じっていたし、直後の千夏ちゃんの発言にはもの凄く力がこもっていたのだけど、どことなく勢いでどうにかしようといった風を感じてしまった。