合流と暴走
皆で試行錯誤しながらワイワイとステップを踏んでいると、ランニング組が揃って帰ってきた。
「お、姫達は、ダンスの練習ですかな?」
普段通りの少し気取った口ぶりで尋ねてくるまどか先輩は、ランニングを終わらせたばかりの筈なのに、息切れなど全くしていない。
お姉ちゃんの方も、大きく息を乱したりはしていないけど、軽い疲労感が浮かんで見える。
ただ、一番疲れて見えるのはユミリンだった。
両膝に手を置いて、大きく息を吸ってははい手を栗貸している。
「ユミリン、大丈夫?」
声を掛けながら歩み寄る私に、ユミリンは掌を見せて近づくのを止めた。
「だ、だいじょうぶ、だけ、ど、息をととの……え、っせて」
かなり聞き取りにくかったものの、息を整えたいのはわかったので「う、うん」と同意する。
ユミリンの様子を見ていると、まどか先輩が私の肩を叩きながら「由美ちゃんはスゴかったよ、私たちだって二年ちょっと走ってるから、それなりのスピードで走れるけど、初めてなのにちゃんと最初から最後まで遅れなかったからね」と教えてくれた。
「ユミリン、頑張ったね」
私が素直にそう感想を口にすると、ユミリンはなんだか嬉しそうにはにかんで「まあね」と言って頷く。
その後で大きく息を吐き出してから、ピッと直立した。
「よし、息が整った」
涼しい顔でそう言うユミリンが無理をしていないか、ジッと全身を観察してみる。
「なに? どうした? リンリン?」
自分の周りを見ながら様子を覗っている私に動揺しながら、ユミリンはそう尋ねて来た。
「いや、ユミリンが無理してないかと思って、全身確認してた」
私がそう理由を伝えると、上からドンと頭の上にユミリンの手が降ってくる。
「は、いっ!?」
驚きが口から飛び出したところで、グワングワンと頭が揺れ出した。
「リンリン、さすが親友! 私のことを心配してくれるなんてスゴイ嬉しい!」
揺れ動く視界と、負荷が掛かる首に不安を感じながら、ようやく頭を撫でられているのではという考えに辿り着く。
「ユミッリンッ! 首が取れるから、やめっ!」
私がそう声を上げたところで、ユミリンの手が止まった。
頭から手の感触が離れ、それをいつの間にか横に滑り込んできていた千夏ちゃんが、両腕を伸ばして引き剥がしてくれたのだと目視する。
「ユミ吉! アンタ加減が無いんだから凛花ちゃんの頭を乱暴に撫でないで!」
怒った様子の千夏ちゃんに、反射的に噛み付くかと思ったんだけど、意外にもユミリンは「確かに、力の加減が出来てなかったかもしれない」と素直に受け入れた。
その上で「リンリン、ゴメン。嬉しくなって力が入っちゃった」と私に謝ってくる。
「大丈夫だよ、ユミリン、まだ首取れてないから」
少し冗談ぽく返すと、まどか先輩が「姫もなかなか面白い返しをするね」と明るく笑って空気を改めてくれた。
お陰で、千夏ちゃんが怒ったときにひりついた空気は霧散している。
ほっとしつつ助け船を出してくれたまどか先輩に「コメディーの舞台に立つかもしれないですから、ね」と胸を張って戯けた答えを返してみた。
すると、まどか先輩は「お、姫も、女優を目指しちゃう?」と聞いてくる。
ノリで答えても良かったのかもしれないけど、まどか先輩の目が真剣に見えたので、私はちゃんと答えるべきだと思った。
だから「趣味で、演技をしてみるのは良いかなって思ってますけど、お仕事にしようとは思って無いです」と、思うままを言葉にする。
「じゃあ、姫は夢があるんだね?」
まどか先輩にそう尋ねられた私は「やっぱり、先生になりたいです。学校の先生に」と答えた。
一度は京一として叶えた夢だったし、今は性別も変わって生まれ変わったようなものだという意識はある。
だから、それこそ性別の壁で付けなかった職業、触れてこなかった職業に付いてみるのも良いかなと思っていた。
けど、どうやら、私の夢は自分が思っているよりも深く私の中に根付いていたらしい。
他の職業も考えたのに、結局原点に戻ってきてしまった。
まどか先輩はそんな私の答えを聞いて、目をパチクリさせた後「姫なら可愛いお嫁さんとか言うかと思ってた」と言われてしまう。
直後、頭に柔らかな笑みを浮かべる東雲先輩が浮かび上がってきて、一瞬で全身が熱くなった。
それを目の前で見ていたまどか先輩が「おっと、想像以上の反応だね」と言う。
急な発熱でフリーズ状態になってしまった私は、対応をとることが出来ず、まどか先輩に言葉の続きを、口にさせることを許してしまった。
「もしかして、具体的な人物を思い浮かべちゃった?」
その質問が飛び出たところで、まずお姉ちゃんが「そうなの!? 凛花!? す、す、す、すきなひとがいるの!?」と声を裏返らせて尋ねてくれる。
更に「凛花ちゃん! だ、誰か、聞いてもいいかしら!?」と千夏ちゃんがくっつきそうなほど顔を近づけて尋ねてきた。
「凛花様、相手によっては反対してしまうかも知れませんが、可能な限り背中を押せるようにド、努力します」
もの凄く切羽詰まった表情で史ちゃんが言う。
完全に混沌とした状況に陥ってしまった私は、頭の中でリーちゃんに助けを求めていた。