チェックとカンニング
「わかりました、合わせます!」
史ちゃんはそう言って両手の拳を握りしめて気合を入れた。
それを確認した後で視線を向けると、加代ちゃんは「やってみる」と頷いてくれる。
二人の了承を得たので「それじゃあ、2の後に、ハイって言うから、そこで一歩目を踏み出してみて」と段取りを伝えた。
「え? あ、はい」
「う、うん」
史ちゃんと加代ちゃんの反応を見るに、ちょっと、上手くいかなそうだったので、私は一度立ち上がる。
私の行動の意図が読めなかった文ちゃんと加代ちゃんが不安そうな目を向けて来たので、笑顔を見せて、怒ったり呆れたりしているわけじゃ無いことをアピールした。
それが功を奏したのか、二人の表情が緩んだので「いい? ちょっと見ててね」と告げてから、自分で拍手をしながら「4、3」とカウントダウンする。
そのまま「2」を口にした後に「ハイッ」と続けて、同時に右足を前に踏み出した。
後は自分の拍手に合わせて左足をクロス、続いて右足を引いて、最後に左足を引いて一セットを終えて拍手を止める。
「こんな感じね」
そう言ってもう一度「4、3、2、ハイッ」とカウントをとってタイミングを合わせて踏み出して、もう一セットステップを踏みきった。
「じゃあ、本番、千夏ちゃん」
「了解~」
私が視線を送ると、千夏ちゃんは両手をピタリと合わせた状態で頷いた。
「二人とも行くね~」
千夏ちゃんの言葉に、史ちゃんと加代ちゃんが頷いた直後、少しゆっくりめなタイミングでリズムをとるための拍手が始まる。
その感覚に合わせて、私もカウントダウンを始めた。
「ハイッ!」
タイミング良く一歩を踏み出した史ちゃんと加代ちゃん……だったんだけど、二歩目で史ちゃんがぐらついてしまう。
それに気をとられたのであろう加代ちゃんは、三歩目の右足を引くタイミングがずれてしまった。
それでもどうにか一セット、四歩目まで動かし切ったモノの、二人ともリズムが乱れてしまい、決して上手くいったとは言えなかった。
「千夏先生、どうしましょう?」
私がそう話を振ると、千夏ちゃんは「正直、加代ちゃんは気をとられなければ大丈夫だと思う」と言った後で、視線を史ちゃんに向けた。
話の流れからして評価が低いことを感じ取ってしまった史ちゃんの表情は硬い。
「史ちゃんは、一歩目で安心して気を抜いちゃった感じだね」
千夏ちゃんは苦笑いでそう言ってから「まあ、一人ずつやり直してみよう。いいかな?」と改めて二人にそう提案した。
視線を交わし合ってから史ちゃんと加代ちゃんは千夏ちゃんに向き直って、承諾を示すように頷く。
千夏ちゃんも頷きで応えてから「それで、どっちから再チャレンジする?」と意見を求めた。
「じゃあ、史ちゃん頑張ってね」
「今度は、一歩目で満足しないように頑張ります!」
「うん。史ちゃんなら出来るよ」
「はいっ!!」
キラキラと輝く表情を見せた史ちゃんは、スカートを持ち上げながら準備にはいった。
妙に気合が入ってしまったせいか、膝上よりも高くスカートの裾を上げてしまったので、慌ててストップを掛ける。
私が上げすぎだと伝えると、史ちゃんはキョトンとした表情で、私の方が露出していると返されてしまい、不意打ちでダメージを負うことになった。
二度目は一人一人で遣って貰ったお陰か、史ちゃんも加代ちゃんも普通にステップを踏めることが確認できた。
千夏ちゃんも私の拍手で華麗にステップを踏み、流石にボックスステップは全員クリアを達成する。
その次は何をするかというところで、私は元の世界の経験を活かして、ステップに合わせて腕を上下させてみることにした。
「千夏ちゃん、こういうアレンジはどうかな?」
ステップを踏みながら実演をしてみると、千夏ちゃんは驚いたような顔を見せる。
「なに、その動き!?」
「え、あ、その、腕も動かしてみたらどうかなと思って」
私の返しに、千夏ちゃんは「私のアレンジなんてこんなのしか思い付かないよ!」と言いつつ、ステップを踏んで、元に戻ったところでパンと手を打ってみせた。
そのまま今度は逆に左足から踏み出して右足をクロス、左足を下げ、右足を下げるという最初と鏡のような動きでステップを踏み、また手を叩く。
「おー、スゴイ、ちゃんと振り付けになってる!」
私がそう言うと、千夏ちゃんは「いや、凛花ちゃんの動きの方がなんか、カッコ良くて、スゴイよ」と真面目な顔で評してくれた。
ただ、未来のダンスの授業を経験している私は、カンニングしているようなものなので、千夏ちゃんに褒めて貰うのは罪悪感がスゴイ。
素直に評価を受け入れずにいると、史ちゃんが「私からすると凛花様も千夏ちゃんもスゴいんですけど?」と言ってくれた。
「そうだねー。そもそも、振り付けとか思い付かないよ。運動会とか体育とかでも、振りを覚えるだけでも精一杯だから、振り付けを考えるなんて、雲の上の話だよ」
そう言って苦笑する加代ちゃんに、千夏ちゃんは「大丈夫だよ。加代ちゃんなら思いつけるようになるよ。経験値が足りないだけだと思うし」と真っ直ぐ見詰めながら伝える。
私もその意見に「そうだね」と同意してから「お料理と一緒、経験を積めば、思いつけるようになると思う」と自分の中の罪悪感を押し込めながらそう伝えた。