うらわざ
「早くやりましょう! 白桃で」
キッチリ開ける缶詰を指定しつつ急かす千夏ちゃんに、ユミリンは「少し待ってろ。クリームだって作らなきゃだから」と言って待ったを掛けた。
これに、加代ちゃんが「え!? 今からクリーム作るの!?」と驚きの声を上げる。
その反応で何かを察した千夏ちゃんは「もしかして、時間かかる?」と眉を寄せた。
加代ちゃんは少し言いにくそうに「えーと、10分くらいかかるかも……」と答える。
「え、そんなにかかるのぉ?」
千夏ちゃんはユミリンを見ながら、ウンザリした様子で不満を口にした。
たいして、ニヤリと笑ったユミリンは「普通にやれば……ね、幸子おばさん」とお母さんに話を振る。
お母さんは「ちょっとしたやり方があってね」と笑むと、加代ちゃんは「そうなんですね!」と目を輝かせた。
「由美ちゃん、やってあげて!」
お母さんの振りに、ユミリンは「了解です!」と答えると、台所へ掛けていく。
ドタドタという足音がピタリと止まり、ガチャッと冷蔵庫のドアが開かれる音が聞こえてきた。
「ちょっと、ユミさん、行動が荒々しすぎですわよ!」
わざと丁寧な口調で挑発を掛けていく千夏ちゃんに、台所からは「うるさい、黙って待ってろ!」とユミリンからの怒りの籠もった返答が飛んでくる。
そんな状況下で、お母さんは「千夏ちゃんと由美ちゃん手仲良しさんよね」と言い出した。
似た様なことを考えていたのもあって視線を向けると、お母さんは「ほら、ネコとネズミが出てくる漫画あるでしょ……」と口にしてから「あっ」と声を漏らして、少し照れたような表情で「漫画じゃ無いわね。アニメね」と言い直す。
そのお陰で、皆の頭に同じ作品が浮かんだようで、そこかしこから「ああ」という声が上がった。
「確かに、関係が似てるかも」
お姉ちゃんのその発言を切っ掛けに、まどか先輩が「切っ掛けは姫の取り合いだけどね」と言い出す。
「史ちゃんとは揉めないのに、ね」
まどか先輩の言葉を受けてお姉ちゃんが、視線を千夏ちゃんに向けた。
千夏ちゃんは恥ずかしいのか、わずかに顔を染めつつ「あっちが噛み付いてくるだけです」と言い切る。
あまりにもきっぱりと言い切るので、それに対してそれ以上ツッコむ人はいなかった。
そうこうしているうちに、銀色の金属製のボウルに泡立て器を入れ、片手に直方体に三角の屋根が付いた形のパックを手に戻ってくる。
「よし、これからこのユミリンが皆様に、裏技をお見せしましょう~」
機嫌良さそうにユミリンがそう宣言するも、直前のやりとりの制から、皆から反応がで相違なかったので、私は慌てて手を叩いた。
「おーー、頑張ってユミリン!」
私の弱手に釣られて他の皆も初めてくれたのもあって、ユミリンのテンションはかなり高まっているようで、得意げに「任せておいて、リンリン!」と言うと、上機嫌でテーブルの上にボウルと泡立て器を置く。
直後、ユミリンは全力で封を開けていないパックを全力で上下に振り始めた。
「えぇっ」
思わず驚きの声を上げると、ユミリンが「ビックリした!? これが裏技なんだよ!」と得意げに言う。
そしてシャカシャカと音を立てて、髪を振り乱しながらユミリンはそのまま全力で振り続けた。
「はぁ、はぁ」
全力でパックを振り終えたユミリンは荒い息で、開封し中身をボウルに注ぎ込んだ。
「こ、こうやって、開封前に振っておくと、泡立ちまでの時間が、み、短くなるのよ」
そのまま泡立て器を手にしたユミリンだけど、パックのシェイクに全力を注いだらしく、上手く手が動かなそうに見える。
そこで私が「ユミリン、大変そうだから、私が代わりに……」と申し出ようとしたんだけど、加代ちゃんが「あ、続き任せて貰っても良い?」と先にユミリンに尋ねた。
「泡立ちがどう違うかちょっと試してみたくて」
加代ちゃんが流れるように立候補の理由を口にすると、ユミリンは「さすが、加代先生。じゃあ、続き、お願い」とボウルと泡立て器を手渡す。
「うん。ありがとう、任せて」
加代ちゃんはそう言うと、すぐに泡立て器を手に、注がれた生クリームを混ぜ始めた。
シャカシャカと軽快な音が、加代ちゃんがどれだけ手慣れているかを物語っている。
「あら、加代ちゃん手際が良いわね」
感心したように言うお母さんに「サッちゃんにそう言ってもらえると、自信になるね」と返しながらも、手を止めずシャカシャカと音を立て続けた。
「うわ、もう、クリームが立ち始めてる」
驚いた様子で泡立て器を動かす加代ちゃんは出来栄えを確認するために、クリームの角を立てた。
加代ちゃんは目を輝かせて嬉しそうに、由美ちゃんに「ユミリン、確かに早いよ、この、うら……わざ?」と伝える。
私は何故加代ちゃんが『裏技』の当たりで、戸惑いの素振りを見せたのかが気になった。
すると、リーちゃんがすぐに答えをくれる。
『あくまで、推測でしか無いが、そもそも『裏技』という言葉に聞きなじみが無いからではないかの』
予想もしなかったリーちゃんの言葉に私は上手く反応できなかった。
そんな私にリーちゃんは『元の世界と同じ歴史を歩んでいるならば、未だ『裏技』という言葉は浸透しておらぬ』と言う。
私はそれを聞いた直後、それを発したユミリンに、目を向けていた。